原作ゲーム未プレイ 捏造多し すべてが妄想




 部屋に男が出現した。
 そのとき私は友達から借りたCDを聞いていて、ついでに言うならリラックスしていた。アフリカの荒野に放ったら五分も持たず死亡するレベルでくつろいでいた。
 そんな状態の時に、黒でまとめられた服装の180cmはあるだろう男が現れたのだ。咄嗟にとった行動はまばたきで、我に返ってから悲鳴を上げた。男は無表情のまま部屋を見渡し、小さな声で「間違えたか?」と言った。パチン、と指を鳴らす。男はそのまま何かを待つように立ち続けていた。私はといえば、悲鳴をあげたまま固まっていた。驚きと恐怖によるものと……男の容姿に見惚れていたのもある。ともかく、何も出来ないでいた。

「ハァ」

 男はため息をつき、ポケットから携帯を取り出した。手早く番号を押し電話をかける。しばらくボソボソ会話をした後、呆れ顔で電話を切った。頭を掻いて目線を下げる。そこでようやく目が合った。

 両者はしばらく無言であった。やがて痺れを切らした私が、おそるおそる「誰ですか」と問うたことで、事態は大きく動く。

「……私の姿が見えるのか?」




Um evento misterioso




 男は名をルシフェルといった。やはり外国の方のようだ。日本人の肌はあんなに白くないし、シースルーなんて着ないだろう。そもそも目の色が違う。しばらく観察していると、ルシフェルさんは立ち上がって(先程まで私の椅子に腰掛けていた)「家族に助けを求めなくて大丈夫か」と言った。

「助け?」
「知らない男が部屋に侵入して来ただろう。十分危険な状況だと思うが」
「そうだ! ルシフェルさんはどうしてここに現れたんですか? 窓閉めてた筈なんですけど……というか入ってきたんじゃなくて、急にそこに居たって感じだったし」
「……お前は話をきかないな」
「あ、すいません」
「いや、気にするな。慣れている」

 慣れてるのか。ちょっと可哀想な人かもしれない。
 勝手に不憫な人と認証している間に、彼は顎に手をやり考え事を始めた。そんなキザな格好さえ様になるのだからイケメンは得である。
 不意にピリリリと電子音が響く。音源を探すと、彼のズボンからだった。失礼、と断った後、ルシフェルさんは電話に出た。片方の手をポケットに突っ込んでなにやら喋っている。英語じゃない……と思う。
 ピッという音と共に、ルシフェルさんはこちらを向いた。通話は終わったようだ。
 不思議そうな顔で私を見る彼は独特の雰囲気を持っていた。さっきまで普通に街にいそうな感じだったのに。

「悠」
「はい(名前教えたっけ?)」
「私はそろそろ帰る」
「はあ、そうですか」
「もしかしたら、また来るかもしれない」
「えっ」

 ルシフェルさんは、その赤い瞳を細めて何か言った。私の知らない言語だった。

「詳しいことは、またいつか話すよ」

 パチン。彼が手を上げ音を鳴らした瞬間、部屋を陣取っていた長身は消え去った。


 気がつくと朝だった。私はこの出来事を夢と判断し、何も気にせず学校へ向かった。いつも通りの一日が過ぎていく。宿題に追われ、時々遊んだりして、時には友達と言い合いになったりする日常。
 ルシフェルという男が、ちょうど記憶から消えた頃。疲労を湛えた体をベッドに横たえた瞬間に、それは再び現れた。

「ろっと、やはりまた来てしまったか」

 脳は活動するのをやめた。それどころか心臓も活動停止しそうになった。詰まった喉を無理矢理こじ開け、か細い声でその人の名を呼ぶ。

「ル、シフェルさん」
「久しぶりだな。二ヶ月ぶりくらいか? まあ、私にとっては結構な期間だったが」

 腕を組んで此方を見下ろす彼には、前回と違って余裕があった。当たり前のように私の椅子に腰掛け、「何をしているんだ?」と尋ねる。こっちのセリフだ。

「あの、つまりどういうことですか」
「何がだ?」
「ルシフェルさんは超能力的な感じなんですか? 私、ちょっと説明が欲しいです」
「そうだな、説明……か」

 物憂げに瞳を伏せ、何かを思案するルシフェルさん。かっこいいけどなんかムカつく。イラっとくる。いや、その前にこの人はルシフェルさんなのか? もし本人だとしたらあれは夢じゃなかったってことか……むしろこれも夢?

「君にとっては昔々、ずっと昔の話だ。神が人に絶望し、洪水を起こした。……この出来事を知っているか?」
「あー……ふわっとなら」
「……まあいい。そこで、その洪水を止めるべく一人の人間が立ち上がった。君の記憶とは違うかもしれないが、気にせず聞いてくれ」
「は、はい」

 壁の時計が八時を知らせる。ルシフェルさんはいったん話を止め、短く嘆息した。私はなんだか心配になり、大丈夫ですかと尋ねる。ルシフェルさんは瞑目し、二度目のため息をついた。そして、再び話し始めた。

「その人間がある任務を遂行出来たなら、洪水は中止になる。その任務のサポート役になったのが、私だ」
「……え? でも、それって昔の話……」
「そしてそのサポート中に事故が起きた。今から二ヶ月ほど前のことだ」

 バラバラだったピースが、カチリとはまった気がした。突然部屋に現れた理由。まだ不可解な部分はあるけれど、大体のことは理解した。

「つまり迷子だったんですね、ルシフェルさんは」
「いや、……まあ、確かにそうだが……」

 咳払いをし、とにかく、と話を始める彼。少し悪いことをしたかもしれない。

「一度出来た時間の綻びはなかなか直らない。これからも私は君の部屋に現れる。私だけじゃなく他の人物も来るかもしれないが、これは殆どないだろう」
「どうしてですか?」
「私が食い止めるからだ」

 ルシフェルさんは、やっぱり超能力な人なのか。一度に入ってきた情報に圧倒されながら、頭の片隅で思った。

「では、また今度。君は彼より話をきいてくれるから助かる」

 何か言う間もなく、彼は立ち上がって指を鳴らした。一拍後には誰も居ない。今度来た時には、携帯とか格好のこととか聞かなくちゃ。
 彼を疑うという発想は生まれなかった。あの不思議な話を難なく受け入れる自分に驚いたりはしたが、その話を恐れようとは思わなかった。結局夢を見ているような感覚だったのかもしれない。






 それから、ルシフェルという男は頻繁に部屋を訪れるようになった。朝昼晩、春夏秋冬、彼はいつでも突然現れ、私と数分会話した後帰る。不思議なことに、誰か私以外の人間が居る時に来ることは無かった。だが、それ以外の時は本当にいつでも現れる。着替え中に出現した時は本気でキレた。かなり真剣に怒っている私に「仕方ないだろう、私に選択権はないのだから」と言い切った彼に金一封差し上げたい。勿論嫌味である。

「ほう、この時代はこんな紙を……」
「ちょ、それ明日提出するんで触らないでください」
「私の手は清潔だぞ」

 180cm強の大男が両手をヒラヒラ振っている様子は、かなりシュールだった。

「そうじゃなくて、ぐしゃぐしゃになっちゃった場合を考えて……」
「そうなったとしたら、責任持って私が時間を戻そう」
「は? 時間?」

 冗談だと思って笑ったが、ルシフェルさんは真剣そのものだった。暫く笑い続けてから黙り込んだ私に、彼は悠々と言ってのけた。

「私は時間を操ることが出来る。そのせいで今回のような事故が起きてしまった」

 壁の時計が九時を知らせる。ルシフェルさんはおもむろに立ち上がり、私の隣に腰を下ろした。

「私は時間を操り、時空を超える。原始時代も今この時代にも行き来自由だ。……悠」

 名前を呼ばれ、前にあった目線を横に向ける。真紅の瞳が此方を見つめていた。

「お前は、」

 ちょうどその時、小さな音が静寂を裂いた。ルシフェルさんの携帯だ。

「すまない。続きはまたいつか」

 いつものパチンで姿は消え、隣には香水の香りだけが残った。ばくばくする心臓を押さえ、先程のことを思い出す。あんなに緊張したのは初めてだった。

 時間をどうにかできるとか、そういう話よりもルシフェルさんのあの目が忘れられない。――何を言おうとしたのだろう。






 それから、ルシフェルさんはめっきり姿を現さなくなった。だからといって私がその存在を忘れることは無く、黒いジーンズを見るたびあの目が脳裏をよぎった。やはり夢だったのかと思ってみても、彼が持ったノートの端は今でも少し折れている。なんだか勿体無くて新しいノートを買ったりした。

「うあー」

 クッションに顔を埋める。彼は今もサポートとやらをしているのだろうか。時空を超えて何かしているのだろうか。もしくは……。

「―――!」

 どこからか、微かに叫び声が聞こえた。がばりと起き上がり辺りを見渡す。ざあ、と雨の音がした。急いで窓に駆け寄るも、外は清々しいほどの晴天。何が起こっている?
 電気がふっと暗くなる。ぱちん。小さく響いたそれの後、叫び声やら雨やらは一切聞こえなくなった。

「ルシフェルさん……?」

 期待を込めて名前を呼ぶも、姿は見えない。部屋は再び明るくなり、何事も無かったように静まった。

「大丈夫ー?」

 一階から母の声がした。大丈夫? もしかして、今のは下でも起こっていたのだろうか。何が、と返すと、少々驚いた声が返ってきた。

「地震、今あったでしょ?」






 近頃地震が多い。梅雨でもないのに雨が降りっぱなしだ。家も学校も陰鬱な空気が漂っていて、このまま世界が終わりそうな感じがした。ベッドに飛び込むも、彼が現れることは無い。ざあざあと雨が窓を叩き、細かな地震が部屋を揺らす。

「ルシフェルさ、ん」

 堪えていた涙が、とうとう溢れ出した。怖い。振り続ける雨も、地震も、重い空気も、全てが恐ろしい。

「時間、戻せるんでしょ。だったらどうにかしてよ。なんでこんなに雨降ってんの、なんで地震いっぱい来るの。やだよ、もういや、」

 背中に何かが触れた。独特な雰囲気。まさかと思い身を起こそうとしたけれど、体は動かない。

「私は、お前のことを気に入っているようだ」

 頭の中で声が響いた。音というより大気が揺れたような、それによって聞こえた声。
 “何か”が頭に触れ、髪を梳く。涙は引っ込んだ。体を動かすのは諦め、今度は声を出そうとした。しかし、喉から漏れるのは掠れた息だけで音の類は全く出ない。

 パチン、と懐かしい音がした。髪にあった感触はもう無い。急いで起き上がるも、残っているのは、やはり香りだけだった。






 カタカタからガタガタへ、揺れは移行する。洪水警報も出ていた。唇を噛み締め恐怖に耐える。ぎゅうっと目を瞑った瞬間、ドオンと衝撃が来た。電気が消える。どこかで食器の割れる音がした。悲鳴、落下音、叫び声。

「悠」

 瞼を押し上げ声の元を探す。後ろから腕が伸びてきて、身体を優しく包んだ。
 声を出す間もなく身体が宙に浮く。おかしい。机の下にいたのだから、浮くなんてことはありえないのに。

 目を瞑って、また開く。私は黒い空間に浮かんでいた。腕は、いつのまにか無くなっていた。

「悠」

声のほうへ顔を向ける。なんとも懐かしい、長身の男。ただし、その顔にあるのは笑みではなく焦りだった。

「ルシフェルさん?」
「今から三週間、絶対に目を覚ますな。じっとしていろ」

 私の手を取りどこかへ誘う。やがて小さな白い箱の前に立つと、彼は早口でそれだけ言った。どうして、とか、なんで、なんて聞けるような雰囲気では無かった。何故かルシフェルさんは泣きそうだったのだ。あの、彼が。
 ルシフェルさんは箱の扉を開け、私を中に押し込んだ。目を伏せ、少し躊躇った後、私の腕を掴みぐいっと引き寄せる。唇に彼のそれが触れた。

「お前の未来に、幸多からんことを」

 扉が閉まる。涙が止まらなかった。壁を叩いて彼を呼ぶ。返答は無い。

「ルシ、」


パチン



 強制的に瞼が閉じる。必死に声を出したが、意識は遠のいていくだけだった。








「いい曲……!」

 友達から借りたCDは良い曲揃いで、中には思わず泣いてしまうものもあった。今聞き終わったものもそうだ。涙が止まらない。明日お礼を言わなければ。
 CDをカバンに入れながら、ふと何か違和感を感じた。何かを忘れている気がする。未だ流れ続ける涙を拭い、考え込む。

「……まあ、いっか」

 諦め、ベッドに潜る。睡魔はすぐにやってきた。

「おやすみなさい」



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