ためしに息をとめてみた。目を瞑ってみた。両耳を塞いだ。座り込んだ。暗闇に、とくんとくん、と心音が響く。ごう、と流れる血液の音。暖かくて、ひとりぼっち。ここには誰もいない。誰も来ない。誰も戻らない。

「私を……」

 声を発した瞬間、塩辛い水が肺に流れ込んだ。慌てて口を噤む。心の中で続きを言った。

 ここは寒い。暖かいけれど、寒い。海水が髪を揺らし、体温を奪う。カタカタ震えだした肩を抱いて、そしたら自由になった耳が仕事を再開した。轟音ともとれる激しい情報の渦に、私は目を見開いて固まる。叫び声、波の音。誰かに腕を掴まれて、引き上げられる。大きな悲鳴は自分のものだった。

「つかまえた」

 荒い息を零しながら、男は言った。磯の香りに混じって、ハニーシロップの匂い。バニラの香りもする。ぎゅっと抱き締められて、チョコレートの香り。

「誰も、」

 “町”だった場所に、甘いお菓子の家が建った。

「お前を置いてかねェよ」



ひとりにしないで



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