授業が始まった。隣の席の主はいない。
また情報収集でもしてるんだろう。そう思ったものの、何故か心は落ち着いてくれなかった。
勝手にやっているとはいえ、彼女は自分のために動いてくれている。気にかけない方がおかしい……よな?

「藤堂はかっこいいから、本気出せば雪村千鶴なんて一発でおとせるよ! 頑張ろう!」

いつか一緒に帰ったときに言われた言葉。他人の恋愛に物怖じしないで首を突っ込み、本人の意思とは関係なしに突っ走る。一歩間違えば大迷惑だけど、そのおかげで俺は諦めずに済んだ。強く決意したものの、正直どうすればいいのか分からないのが現状だった。高橋がいてくれたおかげで、千鶴に向き合うことが出来た。
……そうだ、俺とあいつはタッグを組んでる。互いに何かあった時、相手を助けるのが仲間だ。
授業開始から15分たった。思えば、多少遅れることはあってもチャイムぎりぎりに滑り込んでくるのが高橋だ。こんなに経ってもいないのはおかしい。
何か、あったんじゃ。

「先生、気分が悪いので保健室に行ってきます」

思うより早く言葉が出ていた。仮病なんて使うの初めてだ。
ざわめく教室を出て走り出す。大勢の女子に連れていかれる場所なんて限られている。

(校舎裏か……中庭、それか倉庫だな)

階段を二段飛ばしで駆け下り、下駄箱を確認する。
高橋の靴……あっ、た。
一呼吸置いてまた走り出した。流れる汗が気持ち悪いけど、拭う時間さえ惜しい。なにせ薄桜学園は広いし倉庫のある場所なんてバラバラだ。休んでる暇はない。毎日厳しいメニューを押し付ける土方先生に、少しだけ感謝した。

(…いない……いない、………)

社会科の倉庫、リサイクル用品の倉庫、教材室、トイレの裏。ひとつひとつ見て回ったけれど、姿はおろか声さえ聞こえない。ぜえぜえと息を吐いて、瞼に乗った汗を拭った。

「どこにいんだよ……」

最初に気づいていれば良かった。高橋の性格は誰もが受け入れられるものじゃない、必ず恨みも買ってる。もっと早く、気づいていれば。
息を整えながら外を眺めていると、体育館の屋根が目にとまった。

「体育館倉庫……」








夏の日差しに焼かれた倉庫は、うだるような熱気を放っていた。こんなものの中に人が居たら生死に関わる。
両手で扉を掴んだが、鍵がかかっているのかびくともしなかった。ガタガタ揺らしたものの、頑丈な扉は低い音を立てるだけだ。だらだら流れる汗を首元で拭い、裏手に回った。
何より心配なのは、声一つしないことだ。ここにはいないのか、それとも……。
嫌な想像を振り払い、コンクリートで出来た壁を見上げた。人一人通れそうな窓がある。

「よっし」

掛け声の後、壁をつたう鉄パイプに足をかけた。手をつく壁の溝はとてつもなく熱かったが、歯を食いしばって耐えた。
窓に手が伸びる。もう少し、あとちょっとだ。指先が出っ張りを捉えた。そのまま力を込めてスライドさせる。

「っしゃあ!」

ガラリと開いたそこに体を滑り込ませ、マットの上に飛び降りた。

「高橋、いるなら返事しろ!」

色鮮やかなマットから降り、歩き出す。むわりとした熱気が全身を包んだ。汗が滲み出てくる。

「高橋! おい、いるならへん、じ……」

5mほど先に、誰かが倒れている。
確認した瞬間、それに向かって走った。

「高橋、……っ!?」

ぎりぎりまで捲くられたスカートとボタン全開のシャツに反射的に目を逸らしたが、その肌にながれる尋常じゃない汗の量に、思わず駆け寄り手を掴んだ。繰り返し名前を叫んだが反応は無い。

「くっそ!」

手を離し、どっしり構える鉄の扉に体当たりした。ガウンと大きな音が響いただけで、開く気配はない。何かないかとあたりを見まわし、跳び箱の棚に針金を見つけた。
ピッキングなんてやったことも試したことも無かったが、この扉を開けるにはそれしかない。鍵穴にそれを突っ込んで、ガリガリと回す。
数分後、思いが通じたのかカチャリという音がした。急いで扉を開け放つと、外気が勢い良く流れ込んできた。
息をつく間もなく少女の元へ戻り、横抱きにして外へ出た。



デンジャラスゾーン



ドアを吹き飛ばす勢いで駆け込んできた藤堂平助を山南先生が落ち着かせ、高橋悠を保護するまで、あと50秒。
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