走る。心臓が空気を求め暴れまわったが、そんなことを気にする暇はない。
自分が持てるすべての力を両足に集約し、長い廊下を駆け抜けた。目的地は近い。
途中、土方先生とすれ違う。どうしたんだと叫ばれたが、一々反応してる時間もない。
一つの教室の前でブレーキをかけた。少し行き過ぎて、足早に戸の前へ戻る。大きく息を吸い込み、ガラリと戸を開けた。

「平助くんに彼女が出来ました!!」

部屋に居た全員が一瞬此方を見て、その後互いに顔を見合わせた。予想とは少し違った反応に、雪村千鶴は少し動揺する。もしかして、もう知れ渡っていたのだろうか。うわ、わわ。もしそうなら恥ずかしすぎる。
一人悶絶していると、一人の女の子が私の元へやってきた。

「その彼女って、高橋悠でしょう?」
「え、うん。もう知ってた?」
「知ってたっていうか……ねえ?」

女の子は意味ありげに後ろを振り返り、クラスメイトに同意を求める。数人の男子生徒が声をあげた。

「俺、もう付き合ってるのかと思ってた」
「なー。つか、まだ付き合ってなかったのか、みたいな」

だよな、そうだよねーと言い合う生徒達。自分が持ってきた情報に驚きを見せるのはほんの少しの人間だけだった。あまりの羞恥に雪村千鶴は俯く。そんな彼女に、目の前の女子生徒が躊躇いがちに声をかけた。

「まあ、事実が確認できて良かった。ありがと」






「もう広まってるのか!?」
「遅い方だよ。もし私が調べる側だったら、一昨日のうちに……文化祭だし、多分、告白時から一時間後には広まってた」
「……」

無言で頭を膝の間に埋める男子生徒と、既に空になっている紙パックジュースを吸い上げる女子生徒。場所は屋上。授業は始まっている。つまり、この二人はサボタージュ真っ最中だ。

「で、平助くんよ。進路希望調査の紙を出したまえ」
「何でだよ」
「斎藤くんに平助の面倒を見ろと言われました」
「はじめくんが?」
「うん」

おずおずと差し出された紙。希望進路先を書くはずの欄は真っ白だった。

「決まってないんだ」
「……ああ。そういう悠はどうなんだよ」
「就職するよ。この間まで雇ってくれるとこ見つからなかったんだけど、斎藤くんが用意してくれてさー。んで、」
「ちょっと待った。なんではじめくんが出てくんの?」

藤堂平助の成績から妥当な進路先を割り出している最中、空気が変わったことに気づいた悠は顔を上げる。横に居たはずの平助は目の前で仁王立ちをしていた。

「や、なんか雪村千鶴のことについて調べたのが全部私って言ったら……まあ、なんか探してくれてさ。無事ファッション雑誌の今年の流行調査隊に入隊できました。イエーイ」
「なんで就職先が見つからないの俺に言わなかったんだよ。はじめくんには相談出来て、俺には出来ないのか?」
「えっ、えっ、え? いやいや、斎藤くんに相談した覚えは無いわけで……」
「俺、そんなに頼りない?」

瞬間、悠は合点した。きっと、藤堂平助は嫉妬なうだ。嬉しさで緩む口を無理やりひん曲げ、切り抜ける方法を脳内で検索する。両者無言で見合っているところ、平助の背後、悠の目の前にある扉が突然開いた。

「お前ら、俺の授業をサボるたぁ良い度胸じゃねえか」

慌てて謝り、舌打ちをして降りていく土方先生を追いかける。動こうとしない平助に声をかけるため振り返ると、その王子と呼ばれる要因の顔が目の前にあった。

「俺もその雑誌の会社に就職するから」
「……じゃ、あ、どこの部署が空いてるか、調べとくよ」

唇が軽く触れ合ったのは、無かったことにした。










これが、その後、若者向けファッション雑誌を発行する我らの会社内で有名となるカップルの馴れ初めである。日々大騒ぎしながら仕事をする一人のモデルと記者のカップルは、少しのからかいと親しみを込めて、こう呼ばれる。




ソニックブーム!




「……だってさ、平助王子」
「コンビ名やっと決まったな」
「あっ本当だ」

社内新聞を覗き込む一組のカップルは、むしろ親友といっても良い雰囲気を振りまいていた。


fin

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