特にすることもなくて、お菓子作りの本を片手にキッチンで格闘すること約二時間。

「できた、……?」

書いてある通りに作ったそれは、少々いびつな形をしていたものの、食べれなくはなさそうだ。
バターの香りを肺いっぱいに吸い込み、大きく頷く。

「Lにあげよう」

最近彼は元気が無い。確証はないけど、たぶん仕事関係だろう。
ほとんど部屋に篭っている私が出来るのは、これくらいしかない。
お皿を取り出し、まだ熱いクッキーを並べていく。

『傍にいてください』

不意に、頭の中で声が響いた。
切ない声音で囁かれたそれは、なぜか甘い痺れを含んで私を侵食する。
お腹の辺りがむず痒くて、何かがこみ上げてきた。
その息苦しさから逃れるためにため息をつくと、次は顔に熱が集まる。
一体どうしたんだ、自分。
ゆるく首を振って、クッキーをLの元へ運んだ。

今日も彼はカタカタガタガタやっている。
しかし、どことなく緊迫した雰囲気。

「……どうしました?まだコーヒーはありま……それ、」
「クッキー作りました。えっと、…良かったら、どうぞ」

無言になった。
付け足す言葉もないから、Lの反応を見るしかない。
迷惑だった、のかな

「すみません、出しゃばりすぎました。仕事続けてくださ、」
「いえ、いただきます」

私が戻ろうとすると、Lは慌てたようにクッキーを掴んだ。
躊躇いなく口に入れ、咀嚼。
ごくりと喉が上下し、黒い瞳が瞬きをした。
そして何故か俯く。

「とてもおいしいです。…あの、もう少しもらえませんか?」
「も、もちろん」

私が答えると、瞬時に皿へ手を伸ばすL。噛んで、飲み込み、そしてまた一枚掴み、……。
一連の動作は俯いたまま行われた…無理して食べてる?

「あの、まずかったら食べなくていいから、その…俯かないでください。もっと練習するので」

喉から搾り出した言葉を聞いて、名探偵は顔をあげた。
真面目な顔。

「悠さん、落ち着いて聞いてください」

落ち着いた声を発する口元にクッキーの食べかすがついている。いつもなら笑うところだけど、そういう雰囲気じゃなかった。

「…私は、仕事で日本へいきます。いつ戻ってこられるかわかりません」




思っていたより、驚かなかった。
いつもどこかで考えていたからだ。Lと離れる日が絶対にくる、と。
それでも希望は捨てられない。一緒についてきてくれという言葉がほしい。

「いってらっしゃい、ですか?」

声は震えなかった。

「……はい」

今度は私が俯いた。泣きそうなのをぐっと堪え、笑顔をつくる。

「お仕事、頑張ってください」


Lは無言でクッキーを取った。何回も噛んで、飲み込み、もう一枚。
最後の一枚を手に取ると、半分に割って差し出してきた。

「必ず戻ってきます」







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