「土方さん」
「なんだ」

 本降りとなってきた雨を眺めつつ、軒下に肩を並べる。なかなか長身の隣人は、小さな茶屋に逃げ込むには威圧感がありすぎたのである。

「だから雨が降ると」
「四回目だ」
「今日はやめたほうが良かっ」
「五回目」
「仕事も溜まって」
「……六回目」

 無言で端正な貌を睨みつけると、小さく鼻を鳴らされた。


 新選組諸士調役兼監察方の山崎君の任務の為に、女物の着物が入用になった、らしい。
 そんなこと知ったこっちゃない、と言い切るつもりであったが、「じゃあお前がやるか? 小袖着て茶屋の看板娘」と先手を打たれたので、二の句も告げなくなってしまった。

 素朴ながらも美しい艶を持つ(そして男に着られてしまう可哀想な)布を選びに呉服屋へ向かった副長と私は、突然の雨に足止めされていた。……正直副長直々に出なくても良いんじゃないかと思ったが、彼は女性の召し物について目が肥えているという二番組組長の意見が採用されたのだ。副長自身はすこぶる機嫌が悪くなったが、否定しなかったところを見ると事実らしい。……これだから美形は。

「どうします? 止みそうにないですけど」
「……そうだな」
「帰りませんか?」
「……ああ」

 嘆息と共に、肯定が返された。此処からなら新選組に帰った方が近いし、私は帰りたい。副長も仕事が溜まっている筈だ。眉間の皺を見る限り、かなりの量だと予想できる。

「走りましょう」

 正直濡れてもいいからゆっくり歩いて帰りたいが、風邪を引くのは勘弁だ。面倒だけど走るより他はない。返事を待たずに豪雨の中へ飛び込んだ。

 大音響が鼓膜を穿つ。確かな痛みにはならないものの、全身を叩く一粒一粒は雨にしてはかなり大きく、冷たい。この時期の天候には珍しい土砂降りだ。
 着物の裾が肌に張り付き鬱陶しい。腹への締め付けも相まって、気分が悪くなってきた。しかし此処で止まれば更に濡れることになる。腰の刀が無い分普段より身軽なのだから、頑張れ自分。……髪の毛うざったいな。今度切ろうか。でも面倒だし……。

「馬鹿かてめぇ!」

 突然耳元で轟音が響き、足が地面から離れた。

「そこらの店で傘でも何でも買ってきゃいいだろうが! 青い顔した奴が身体冷やすんじゃねぇよ」

 腰を抱えられ、腹への圧迫感は更に増した。苦しい、気持ち悪い。喉元をせりあがる何かが不快だ。

「副……土方さん、吐きそうです」
「あぁ!?」

 怒気にあてられ今にも嘔吐しかねなかったが、なんとか踏ん張った。
 平屋の厠へ投げ込まれる。すっきりしてから外へ戻ると、雨は止んでいた。

「ご迷惑おかけしました。……晴れましたね」
「……次は雪村を連れていく」
「次……あ、帰るんですか」
「当たり前だ」

 紫がかった黒髪が、首やら額やらにひたひたと貼り付いている。濡れて色の濃くなった着物は見ているだけで身体が重くなる。流石の副長も着替えたいだろう。私も締め付けから解放されたい。

「帯、締めすぎたんだろ」
「え?」
「死にそうな面しやがって」
「す、すいません」
「……帰るぞ」

 この様子じゃ明日から仕事が増えるに違いない。……だってこんな格好慣れてないし仕方ないじゃないか。弁解しても副長には通じないだろうけど。

 帰るのが私の為だとは、最後まで気づかなかった。


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