荷を持って、天を見上げた。桜が散る前に逢えたらいいけれど。

「悠さん」

 呼び掛けに振り返る。予想通り、そこには千鶴がいて。
 人としての幸せを握った彼女を、真っ直ぐに見つめることは出来なかった。……結局、私には眩しすぎる存在なのだ。

「身体を冷やすといけない。部屋に戻りなよ」
「……行くんですか」

 疑問など殆ど含まれて居ない言葉に、思わず目を瞬いた。今日だと言った覚えはない。

「誰に会いに、とは聞きません。行くんですか。……それだけ、答えてください」

 否定か肯定だけかの要求に、私は返事を窮した。彼女の意図が見えない。
 困惑する私に、低く重い声が降ってきた。

「一人で行くのだろう。俺とて千鶴を行かせる気はない。正直に答えろ」

 微かな足音と共に現れた西の鬼は、口調とは裏腹に穏やかな瞳で言った。驚いた千鶴が振り向く。そのまま肩を抱き寄せ、此方に勝ち誇った顔を向けた。……これは、見せつけられているのだろうか。
 ため息をぐっと堪え、彼女にだけ通じる言葉を吐いた。

「任務完了の報告をしに行きます」

 昔と変わらない、丸く大きな瞳が更に大きくなって、未だ傷の残る手に力が入ったのが分かった。
 その痕ごと愛してくれる人がいるから、私は彼女を突き放す。男所帯に迷い込んだ少女のお守りは終わった。

「言葉じゃ言い尽くせないけど……本当に、ありがとう。風間さん、千鶴をよろしく頼みます」
「悠、さっ……」

 些か淡々としすぎただろうか。進むべき道に向き直って、考える。
 いや、私はこれでいいのだ。これが今生の別れにはさせない、つもりだ。……それでも、生死を共にしてきた相手に……いいや、面倒臭い。一度だけ振り返って、手を振って、それでいい。と思う。
 数十歩歩いて、躊躇いがちに振り返ったその時。

「悠さん!」

 胴に衝撃が走り、誰かに抱きつかれたのだと気づいた。誰かなんて、千鶴に決まっている。

 ああ、畜生。


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