兎にも角にも、今日は何もしないと決めた。誰かに怒鳴られようが軽く蹴られようがくすぐられようが、今日は何もしない。朝飯を無視し、太陽が真上へ昇っても布団の中でまどろむ。このままこの肌に馴染む布に巻かれて消えたい。
そんな些細な欲望は、徐々に近づいてくる軽い足音に掻き消された。

「し、失礼、しますっ!」

勢い良く、それこそ戸が外れそうな勢いで開かれた障子に思わず覚醒した。それも殆ど反射的なもので、緩慢に辺りを見回し、室内の物に破損が無いことを確認すると、瞼は自然に降りてゆく。

「あっ、駄目です! 起きてください!」

澄んだ高い声が鼓膜を震わせる。キィンと響いたそれに眉を寄せ、言葉にならない呻きを漏らして布団を被る。その人間――雪村さんが慌てて布団を引っ張るが、私だって一応鍛えている身だ。町娘と変わらぬ女子に劣ることは有り得ない。

「どうしよう……」

悩む彼女の思考の行方は、一応予測出来る。このまま私が起きなければ、私の苦手とする人物を連れてくるだろう。斎藤組長は勿論苦手だが、雪村さんの今までの行動から推測するに、きっと沖田組長が来る。それを避けつつ惰眠を貪るにはどうすれば……というか、眠りたいのにどうして相手の心情を推し量らなければならない? それこそ本末転倒だ。私は損をしている。愚かしいことこの上ない。

それでも睡魔に縋り付くのは、起きたら仕事が待っていると気づいているから。先刻から一向に緩まない少女の腕力に感心し、とうとう私は諦めた。仕事は適当に終わらせよう。

「……おはよう、雪村さん」
「お、おはようございます、悠さん!」


***


「……は?」
「適当に歩いて来いって言ってんだよ」
「あの、私一人で彼女を守れるとお思いですか?」
「ああ」

紫紺の強い瞳は、真っ直ぐに此方を見据える。暗に信頼していると告げられた気がして、ぎこちなく目線を逸らす。責任を負うのは嫌だった。

「本当に、歩くだけでいいんですか」
「本当に歩くだけにするつもりか?」
「えっ……え? じゃあ何をすれば」
「そんなの手前で考えろ」

ほら、行った行った! と手を振られ、渋々腰を上げつつ男を睨む。いつもと同じように無視された。いいのだ、こういう扱いは慣れている。

雪村さんと二人で散策をしろ、というのが今日の仕事だった。執務なら適度に手を抜けるのに、相手と意思を伝達し合うような……つまり、今回の仕事は非常に面倒臭い。どうしようか考えるのも気が進まない。そもそも思索に耽ることが億劫だ。どうして私は布団に包まっていないのだろう。どうして長い廊下を早足で歩かなければならないのだろう。なんで、どうして。ぐるぐる回る疑問の渦に巻き込まれて溺れたい。そして眠りにつきたい。もう眠ることさえ面倒かもしれない。そうこうしている間に門外に出てしまった。あーあ、

「あっ……今日はよろしくお願いします!」
「こちらこそ」

……気まずいなあ。


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