足早に去っていく高橋さんを見送ってから、自室に戻ろうと踵を返した。
が。

「だーれだ」

目の前が真っ暗になった。

「なに、」

瞼に押し付けられた手を振りほどこうとしたけど、相手はびくともしない。
ここは屯所だから、敵ではないと思うけど……。
それでも怖い。瞼に押し付けられた大きな手が、力が、相手の力量を表している。

「は、離して下さい!」
「誰か当てたら離してあげる」

どうしよう。焦っているからか、誰の顔も浮かばない。
部屋に戻らないといけないのに、待ってなくちゃいけないのに。
高橋さんの顔が頭をよぎった。私の監視を頼まれたときの、曇った顔……。

せっかく仲良くなれそうなのに、嫌われてしまう。

「お願いします、私戻らなきゃ…」
「どこに?」
「自室ですっ」

妙な間が空いた。
今まではなかった緊張感が生まれる。

「…誰に、言われたの?」




「副長、いらっしゃいますか」
「あ?高橋か。入れ」

一応自分より偉い人だから、声をかけてから部屋に入る。
最初に目に入ったのは、"鬼"の表情で筆を走らせる男の姿だった。

「何の用だ。さっきのことは決定事項だからな」
「わかってますよ」

どれだけ信用されてないんだ、私。
ため息を一つこぼしてから口を開いた。

「面倒を見るって、具体的に何をすればいいんですか?私女の子の扱い方なんてわからないです。」

ぴたりと筆が静止する。
あーあ、多分滲んじゃったぞ。

「……話し相手にでもなってやれ。」
「今考えましたよねそれ」
「うるせぇ」

……察するに、年頃の女の子を閉じ込めておくことに罪悪感を感じた副長は彼女の為に何かしてやりたいと思った。が、いかんせん刀しか握ってこなかった自分に若い娘の喜ぶことなんてわかるはずもなく、途方にくれていた。そこに斎藤組長だか山崎君だかが来て、「同じ女子である高橋に任せては?」とかなんとか言いやがって、その結果私が呼ばれたんだろう。

我ながら完璧な推測だ。監察方になった方が良かったかもしれない。

「……まあ、やるだけやってみます。」
「…ああ、頼む。」

幸い、あれ位の女子はお喋りが好きだ。話題を出しておけば、あとは相槌を打つだけで済むだろう。
たぶん。

「そういや、あいつはどうした。部屋にいるのか?」
「自室に戻るように言っといただけですけど…」
「…本当か?」
「なんで嘘つく必要があるんです」
「早く戻ってやれ。」

呆れたように呟いた後、少し眉間の皺を増やして、言った。

「あいつは、総司に気に入られてる」


……激しく面倒事の予感。



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