あの日を境に、彼女は書道室の奥から姿を消してしまいました。
部屋に残っていたのは、小さく折りたたまれたノートの切れ端。
「結局、あの話は本当だったのでしょうか…ねえぽちくん。」
わおん、と返事をして伸びをした愛犬は、そのまま丸まって寝てしまいました。
「嘘には見えませんでしたね…私の性格をよくお分かりだった。」
今となっては、もう私には関係ない。
そうして、そうして。
制服に染み付いた墨の匂いも落ち、冬が来て春が過ぎて。
彼女はこの世界から逃げました。
本田さんへ
昨日は話を聞いてくれてありがとうございました。
手紙なんて書いたことないから、なんていえばいいのか分からないけど…。
本田さんは、私が見て、読んできた『本田さん』より、ずっと優しい人でした。
最初にこの世界へ来たとき、本田さんのような人に会えていたのなら、私はこんなふうにならなかったかもしれません。
…私は、出会う人々を『キャラクター』という枠で見ていました。だから、必要以上に戸惑って、焦って、悩んで……私らしく振舞えなかった。自分を自分で追い詰めてしまった。
絶対にあってほしくないことだけれど、もし本田さんがどこか遠い世界に飛ばされてしまったら、そこにどんなに素敵な人がいたとしても、等身大の自分で居てください。自分らしくして下さい。
私が違う世界から来たという話を信じられないのでしたら、この手紙は頭のおかしい人からの変な手紙として受け取ってください。
最後に、もう一度お礼を。
本当に、ありがとうございました。
恋と呼ぶにはまだ小さく、親愛にしては違和感のあるそれに気づいたのは、苗字さんが逃げてしまったあとでした。