3月の野球部のみ行われる新入生早期入部。
1年で初日から遅刻する者、上級生で遅刻する者もいたが特に大きい問題もなく1日が終わろうとしていた。
「どうしたの礼ちゃん、周りキョロキョロ見ちゃって」
「御幸君…」
1年生の初日だけあっていつもより少し軽い練習。野球部の副部長を勤めている高島礼は一日中グラウンドをキョロキョロと見渡していた。
「誰か捜してんの?呼んでこようか?」
「いや…大丈夫よありがとう」
「…もしかして、スカウトした誰かが来てなかったりしたの?」
高島に向けて2年キャッチャーの御幸一也はニヒヒ、と笑った。
「もしかして図星?」
「ふふ、御幸君はよく見てるわね。…そうね、実は青道に来てほしい本命の子がいたの」
「本命の子?」
シニアで有名だからあなたも知ってるんじゃないかしら、と高島は言う。
「蜂木奏太」
「あ、」
「知ってる?」
「知ってるも何も野球の神様、いやスポーツの神様に愛されてるって言われてる子じゃん。去年の夏の全国大会には出なかったらしいけど」
詳しく知ってるじゃない、と話を続ける。
「あの子が中学一年生の頃に目を付けてね、他の学校に取られないように2年の頃学校に会いに行ったの」
でも会ってくれなくて、最終的には去年の秋に家に押しかけたのだけれど会えたのはあの子のお兄さんだけだった。
「お兄さん?」
「ええ。そしてお兄さんに言われたわ、"奏太には野球を二度とやらせない、帰れ"って」
「ふーん…でも兄だろ?弟の意見は?」
「わからない。稲実、桐生、全国各地の強豪校からスカウトがあったと噂で聞いたけれどどこの学校にも見学すら行かなかったみたい」
野球一筋って子だったから簡単に辞めるとも思えない。それに兄の言葉も気になる。
「味方にしたら心強いけど敵に回したくない子だったのに…」
「………」
「来ないもんは仕方ないけどやっぱりショックね、ほら御幸君は早く戻って身体を休めなさい」
高島は御幸の背中を押し無理矢理寮に帰す。
「あの子がどこの高校に進んだのかだけでも調べなきゃ…」