「散らかってるけどついでなんで寄っててください。もう遅いんでご飯食べていきます?」
エスカレーターで8階に昇り突き当たりの扉を目指す。
轟親子はキョロキョロしてて後ろ目で見てて少し面白かった。
確かに高校生がこんな豪華なマンションに住んでるいるのはおかしいのかもしれない。それに一人暮らしだし。
「…おーーーそれじゃあ遠慮なく」
「あんますごいの作れないっすよ」
「別にいいって。じゃなきゃ俺ら質素なコンビニ飯だし」
あーーなんだっけ、奥さんに逃げられたんだっけ。
あまり深く聞かなかったけどそんなこと言ってたような。
鍵を開けると雷市はボーっとしてたが、大声を出してドタドタと激しく室内に入っていった。
「コラー、雷市」
「雷蔵さんも怒る気ないっしょ…別にいいっすよ靴さえ脱いでくれれば。雷蔵さんも早く」
雷蔵さんの背中を押して家に押し入れる。「お坊ちゃんだったのか…」とか言ってるけど別にそんなんじゃない。ちょっと特殊なだけだ。
リビングに入っていくと早速雷市は寛いでテレビを見ている。
「雷蔵さんいちご牛乳でいいですか?」
「お前かわいいもん飲んでんな」
「なんか文句あるんすか」
「いや、いちご牛乳でいいけども!」
いちご牛乳好きなんだよ。あれ、美味しくて癖になる。学校の自販機にもいちご牛乳があってちょっと嬉しかった。
「雷市飲み物」
「あっ、ありがと」
キッチンに行き冷蔵庫の中を確認する。
ネギと…ベーコン…どうしよ。
「歩いて大丈夫なのかよ」
「家の中なら慣れてるんで大丈夫っす。好き嫌いとかあります?」
「いや、ないな。悪いな、なんか。雷市がやらかしたのに」
その言葉に反応したのか雷市と目が合う。
瞳を潤ませていてなぜか俺の方が罪悪感感じてきた。笑っとこう。そんな気にしてないし。
「雷市そんな顔すんなって、スポーツに怪我は付き物だからさ」
「……ッ、」
「いつもの雷市じゃないと調子狂うなーー」
チラッと雷市を見ると俯かせていた顔を上げて
「…ガハ、ガハハッ!!」
また泣きそうになってるけどいっか。
「パスタでも作るかな〜」
フライパンと鍋を用意していると、カウンターチェアに雷蔵さんが座る。
「………」
ジーーっと視線を感じる。
どうせ俺の脚のことを聞きたいんだろう。この事を知ってるのは数少ない知人だけだし。
俺は突然グラウンドから消えたから。
「何か聞きたいことがあるんでしょ、答えられる範囲なら答えますよ」
「…いいのか」
「別にすごく隠したいって訳じゃないし」
会話をしながらも手を動かす。
雷蔵さんは頬杖をつきながら口を開いた。
「なんで消えたんだ。1年前のあの夏」
「……」
最初からズバっと聞いてくるなぁ。
「事故ったんですよ。シニアリーグの夏の集大成の試合の前日に」
俺は少し曖昧にして答える。
「…次に起きたら夏が終わってた」
目が覚めたら肌寒かった。身体が上手く動かせなかった。
あの時腹の辺りが重いなと思って、見たら涼太がいたんだっけ。
「野球はもう出来ないのか」
食材に向けていた視線を上げると真面目な顔の雷蔵さんと目が合う。
その質問に眉を下げて笑うしかなかった。
「もう出来ないんすよ。なんか普通の人と違って腱が細すぎるらしく手術が難しいんだって。歩けてるだけでも奇跡。それでいいだろって」
あの時、俺はどうしたんだっけ。
泣いたんだっけ。絶望したんだっけ。
確か世界が真っ暗になったんだっけ、今でも覚えてるし、今も俺の世界は混濁している。
後悔はしてない。後悔はしてないけど。
「でもやっぱ俺人間でさ、歩けるだけでも奇跡だってのに、欲欲しさに動けるようになりたいって……」
思うんだよなぁ。
雷蔵さんはその後まだ質問をしたかったみたいだったけど、俺はわざと雷蔵さんの言葉を遮る。
「雷市ご飯出来たぞ、散らかしたの片付けろ。
……雷蔵さん、あっちで食べましょう」
真っ直ぐ見つめてくる視線に俺は逸らすことしか出来なかった。