翌日、栄純は忘れずに俺のクラスにやってきた。
「マジできたんだ」
「え"、嘘だったのかよ」
「いや、一応持ってきたけど」
ほんとにやるとは思わなかった。てっきり冗談かと。
「とりあえずはい」
爪やすりを手渡す。
「なんだこれ」
「爪やすりですけど。爪の長さは人によるだろ、お前が投げやすいぐらいに削れよ」
「???」
「…自分の投げやすい長さとかないの」
「気にしたことなかった。長いなーって思ったら切るぐらい」
「投手やってんのにまず爪を切るってのがありえねえ、右手出せアホ」
アホってなんだよ!!と反抗してくるが、さすがアホ栄純。素直に右手を出してくる。このぐらいだろうなーという長さに揃える。
「そういえばあれから投げ方どうしたの」
指先に集中してた目線をあげると、栄純の左手が目の前にあった。
「「………」」
サッと隠したけどバレバレだし。
「なんだよ」
「睫毛長えなと思いまして……触れさせていただこうと…」
「なんだそれ、」
流石に睫毛に触られると集中出来ないから手をはらったら、今度は耳に触れてくる。もう気にしない。
「おま!耳に穴空いてんぞ!!!」
「耳に穴は誰だってあるだろ」
「ちげえよ!!耳朶だって!!」
「あーー」
朝ピアスすんの忘れたわ。
「これピアスだから」
「ピアス!!?ヒィィィ」
「大袈裟すぎ。俺の兄弟にやられただけ」
「痛そ!!抵抗しなかったのかよ!」
「テレビ見てたらバチンだから俺もあの時ビックリした」
片方開けたけど痛くて両耳は無理とか言って開けられたんだっけ。
「お前ヤンキーだったんだな…」
「ちげえよ、ほら左手」
「うす、…おっ、おおー!!めっちゃ綺麗!!器用だなお前!」
「触んなよ、その上から2度塗りすっから」
「おう……あ、そういえばさっきあれから投げ方どうしたって聞いたよな」
普通にスルーされたから忘れてたのかと思ってたけどちゃんと聞いてたんだ。
「あの日の部活めっちゃ褒められてよ!!そういえばあの時先輩に奏太連れてこいって言われてたんだ」
忘れてた忘れてたと言う栄純。
もしかして昨日言ってたやつってそれ?
「俺、放課後忙しいから無理」
「えーーーそこをなんとか!!!師匠と御幸一也にどやされる!!!」
「どやされてこいよ」
別に野球部を避けてたわけじゃない。だからこうして栄純とも今話してるし、テレビで野球関係の事をやってても大体見てる。
でも間近で見るとまた感じてくるものが違う。
「お願い!お願いします!!」
「知らん、右手出せ」
「お願いしますよ!そこをなんとか!!」
「しつこく言われたわけじゃないんだろ、部外者が言っても邪魔になるだけだ」
「お前!!なら次言われたら絶対来いよな!」
「わかったわかった」
「言ったな!今言質取りましたからね!!!」
言質取るなんて言葉知ってたんだなと、言葉を口には出さずに胸に秘める。よし、両手終わった。俺器用だなーなんて自画自賛。
「ほらよ、終わったぞ。まだ半乾きだから触るなよ」
「うおおお!!ありがとな!春っちに自慢しよ!!」
いつかの日のようにダッシュで教室を去っていく栄純。
栄純の手を触ってて思った。前もそうだったが、まだ小さいけどピッチャー独特のマメがあった。
俺の掌を見るとまだ消えぬマメの跡が薄っすらとあった。まだ消えぬ跡が。
「人間ってほんと欲が多いよなぁ」