「あ、貴女たちダンスとか興味ない?」


本日何度目かもわからない勧誘の声に嫌気が差しつつも、貼り付けた笑顔で断っては戸惑う友人の手を引いた。「バスケ部」の勧誘の声は聞こえても、目的の場所までたどり着けない。

これはもう、先程すれ違った男子生徒の言葉を借りよう。


「ラッセル車持って来い!」
「急にどうしたの!?」


すごく驚かれちゃったけど問題は無い。


うちは泉友加梨。本日華の女子高生の仲間入りを果たした。

そして彼女は佐倉春菜。
同じく中学出身で、うちの大親友だ。
ちょっと抜けてるときもあるけれど、優しくてとっても良い子な自慢の友達。


そんな春菜の安全も気に掛けながら人混みを行けば、ふと赤髪をなびかせる高身長の男子生徒を見かけた。

そんな目立って仕方ない容姿をもつ彼は、うちらが大苦戦する人混みをまるで気にも留めていない様子で歩みを進めている。纏うオーラといい、普通じゃない。

思わず呆気にとられていると、春菜が小声で話しかけてきた。


「ねぇあの人、バスケ部入部希望者みたいだよ?」
「えっ?」
「だってほら、見て。」


そう言って指差したのは彼の手元…、正確には彼に首根っこを掴まれた人。

どうやら先輩なのだろう。が、新入生に首根っこを掴まれているようではもう威厳も何も無い。そして、威圧感からか涙を流す彼の持つ紙の束には「バスケットボール部」の文字。


「さっすが春菜!」
「そんなこと…ってほら、着いて行かなきゃ!」


そう促され、赤髪の彼が近くにやってきた隙に後ろへとまわる。
彼のために道が出来ているからか今までとは比べものにならないほど容易く前へと進むことが出来た。



…暫く行くと見えたのはバスケ部ブース。

設置された机の前には活発そうな女の先輩と、眼鏡をかけた男の先輩の2人が座っていた。


「来ました、新入生…」
「バスケ部ってここか?」


赤髪くんがここでやっと掴んでいた先輩を放す。
……うん、苦しそう。


「入りたいんだけど」
「え、」
「バスケ部。」


ぶっきらぼうに言い放つ彼に、呆然とする先輩。
勿論後ろから眺めていたうちらも口が開いたままだ。

蛇に睨まれた蛙、猫の前の鼠、といったところだろうか。いや、猫…というのは似ていて、少し違うかもしれない。
赤髪の彼はそれ程に大きな何か、例えるなら、“虎”。

そうして漸く、女の先輩がはっとしたように口を開く。


「あ、歓迎!大歓迎!…えっと、後ろのふたりはマネージャー志望でいいのかしら?」
「へ、あ、そうです。」
「それじゃあ、ちょっと待ってね。」


突然声を掛けられたことに驚きながらも用意された椅子へと腰掛ける。
椅子が足りなかった分は「日向くん」と呼ばれた先輩が出してくれた。

と、目の前の先輩がお茶を出してくれる。
受け取れば彼女は、知ってると思うけど、と話を切り出した。


「誠凛(ウチ)は去年できたばっかの新設校なの。上級生はまだ二年だけだからキミみたいに体格よければすぐに…」
「そーゆーのいいよ。紙くれ、名前書いたら帰る。」


先輩の話もろくに聞かないまま、赤髪くんはそう言うと、入部届けを貰うなりペンを持ち記入を始めた。

“火神大我”

男の子らしい筆跡で書かれたその文字を見ていれば、火神大我は先輩へとその紙を渡した。


「あれ?志望動機はなし…?」
「……別にねーよ。」


そう言えばお茶を一気に飲み干しては席を立って。


「どーせ日本のバスケなんてどこも一緒だろ」


うちと春菜にとっては気に掛かる一言を残し、ゴミ箱を見ずに空になった紙コップを投げ入れると、そのまま歩いていく。


「こっ…こえー!あれで高1!?」
「なかなかの逸材だな。」
「おまっ…今までどこで隠れてたんだよ!」


首根っこを掴まれていた先輩が突っ伏すると同時に別の声が掛かる。
振り返ると、其処には先輩らしき男子生徒が2人。


「…火神大我、中学はアメリカか。本場仕込みだなァ」
「どっちにしろ、タダ者じゃなさそーね。」


先輩達が火神大我について話している中、


「どーせ日本のバスケなんてどこも一緒だろ」


去り際に見せた彼の瞳が、どうしても気に掛かっていた。









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