少年は恋をするように息をした | ナノ




「リカルドー、髪結んでー」
 鮮やかな、青空を思わすシュシュを片手に水着姿の少女は広げたばかりのパラソルの下でパーカーを羽織っている男の元へと駆け寄った。男は振り返り際、不服そうな表情で少女を見据えるもシュシュを摘まみ取れば背を向ける少女の赤い髪に指を通す。それは彼女なりの甘え方なのだろう。男からは見えていないが、その大きな手が動く間、少女は唇を引き結び視線は下に注がれていた。仄かに染まる白い頬が、充分過ぎる迄に少女の心を映し出している。
(んだよ、堂々と見せ付けてくれちゃってよ)
 満更でもない表情で少女の髪を束ねる男を羨む一方、恨めしくも思えた。右耳の少し上に纏めた髪にシュシュを通す彼の手際の良さは日頃自身の髪を結っている故にか。
 男の手が離れると少女は出来たがった其れを撫でながら満面の笑みで男に振り返り、絶賛。ありがとう。その一言が紡がれると同時に、頭部を白い手のひらごと撫でられ少女は反射的に数歩後退り、ふいと顔を逸らす。その反応のひとつひとつが正に、恋する少女のもので。
「見て、可愛いでしょ?」
 此方の視線に気付いたのか、少女は駆け寄って来るなりどうだ羨ましいだろうと言わんばかりの表情で纏められた髪を見せ付けてきた。普段何の飾り気も無い彼女の髪は飾り結びではあるが、すっきりと、可愛らしくて。そう、だな。肯定の言葉を紡げば彼女は目を細め、白い歯を覗かせる。それに併せてゆらり、と髪が揺れる。
(……やべ、ドキッとした)
「……あんた、顔赤いけど大丈夫?」
「!、何でもねぇって!」
 無遠慮に顔を覗き込むイリアに思わず声を荒らげ、口元を手のひらで覆い隠す。怪しい、と更に食い付く少女を振り払う術を模索する最中、別方向からの声が二人のやり取りを遮った。
「イリアー、ちょっといいかしら?」
「今行くー!」
(……少しくらい、いいよな?)
 何も出来ないままなのは納得がいかない。自分を横切ろうとする少女のシュシュに手を伸ばし、軽く引けば歩く勢いに合わせてするりと彼女の髪からすり抜け、すんなりと己の手の中に。はらり、はらり。塞き止めていた物を失った髪が頬を掠めるとイリアは足を止め、振り返る。彼の手中にあるそれを捉えれば髪に触れ、つい先程まであった筈の感触の消失に息を飲み、憤怒した。
「ちょっと、何すんのよ!せっかくリカルドが――」
「オレが結んでやるよ」
「はあ?」
 シュシュを取り返そうと奮起する彼女の、赤に触れる。
「だいたい、もう取れそうだったし。もっとしっかり結んでやるって言ってんの」
「……あっそ」
 彼女からの軽蔑の眼差しなど、見てみぬ振りをして。
 

(でもなんか、息苦しいな)
 深く飲み込んだ息は無意識に繰り返していた呼吸と何ら変わりは無い筈なのに。
(……嫉妬とか、まじでカッコ悪ぃよな)

 

130728
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