君に落ちる、三秒前




俺ってば、相当に流され体質だと思う。







「…………よーろずやぁ──!」

俺の代名詞とも言える若干ふざけた白い着流しを視界の端にでも留めたのか、ソイツは主人に尽くす忠犬並みの反射神経でもって駈け寄って来た。振り切れんばかりの尻尾が見えるようだ、なんて我ながら陳腐な表現だが他に形容し難い。てか何でそんな笑顔なの、つい最近まで目が合う度に抜刀してきたテメェはどこ行った。

「ひ、久し振りじゃねぇか!最近見なかったが何かまた無茶やってんじゃねーだろうな」
「いや、万事屋は此処一月は通常営業中だから。え、何テメェもしかしてお宅の商売繁盛してるって当て付けですかそうですか、だって二週間前なんてテロリスト一網打尽だもんな。流石公僕様は違うわ」
「えっ……ちが、違ぇ、おれ…は、」

常日頃の罵倒の応酬の癖が未だに抜けるわけも無く、嫌味めいた言葉をちょっと投げつけてやれば流麗な柳眉を情けなく垂らして、唇をきゅっ、と噛み締める。ああ、何なんだこいつは。面倒くせぇな、オイ。誰かこいつの取説頼む。

いや、少しほんの少し加虐心がそそられないと言ったら嘘になるけど。あんな懐かない孤高の野良猫みてーな鬼の副長サンが、目前で俺の言葉に傷ついたように瞳を潤ませているんだから、そりゃあドエス心がむらっと来たり来なかったり。

「……旦那、あんまり副長苛めないでくださいよ。ここ三日くらいまともに寝てないんですから」
「や、別に本気で言ってる訳じゃないからね、つか今までもっと酷い罵倒の応酬を軽く挨拶代わりに交わしてたから俺ら!最近お宅の副長さんが頭打っただけで俺は普段通りのゆるっと銀さんだから」
「俺、頭打ってねぇ」

ああ、もう。
──────この電波野郎が!






そもそも、あの短気で無愛想、プライドは人一倍高い鬼の副長サンが何故このような電波男になってしまったのか。アレか、また妖刀だか何だかの呪いでもかかったのだろうか。

遡ることおよそ一ヶ月前、大方巡回中に沖田くんに逃げられたのであろう、柳眉を顰めて、何処か所在無さげに紫煙を燻らすアイツを見かけた。

久し振りにパチンコの女神様に微笑まれた俺は、しこたま景品を詰めた紙袋を抱えて、上機嫌に歌舞伎町の通りを歩いていて。だからだろうか、周囲に犬猿の仲だとかやれ似た者同士だとか揶揄われるコイツを視界の端に認めたときも、至って穏やかに声をかけたのだ、本当に、それだけだった。

「何、おめぇ一人?」

古びたビルの埃っぽい壁に寄りかかって、スローモーションで頭を上げたソイツの瞳は、何処か暗澹とした光を湛えているようで、仔犬が縋るように眉を垂らしたのが酷く印象的で、そのまま通り抜けることも出来なくて。

「よろず、や……………」

擦れ声で呟かれた屋号に、俺は一つ嘆息して、くしゃりと跳ねた己の頭を掻き混ぜた。



其処から、確か町の外れの河原の土手に、キラリキラリ千切れた陽光を反射する水面を薄ぼんやりと眺めながら二人腰かけたのだったと思う。何を聞いたかも、話したことまですっかり忘れてしまったが、特に会話も無かったような気がして。

その、翌日からだった。

無愛想でプライドは人一倍高い、真選組の頭脳こと鬼の副長は、犬猿の仲と称される俺に忠犬の如く着いて回る電波野郎と化してしまったのは。

「万事屋っ!俺と付き合ってくれ!」

人目を憚ることも無しに突然放たれた捨て鉢の告白に、俺は当初あのドエス隊長辺りにでも何かやらされているのだろう、と高を括っていた。流石サディスティック星の皇子えげつねぇな、なんて。一体何の罰ゲームかは知らないが、犬猿の仲と称される俺に告白するなんて、奴にとっては相当屈辱的であろう、と。

まあ、ここでいらないドエス精神と好奇心をちゃっかり発動させてしまったのが、俺の唯一にして最大の落ち度なんだけど。

「てめーがそこまで言うんならよ、付き合ってやっても良いぜ」

ここで俺の計画では、
『糞天パの分際で偉そうなことほざいてんじゃねぇ、テメェなんかこっちから願い下げだ』
とか何とか、怒りで頬を引き攣らせた彼に言われて俺が暫くからかってやることだったわけで。

「………本当、か?」

間違っても、目前の男前な頬がみるみる紅潮していったり、瞳孔開き気味の切れ長な眼差しが潤んだりする予定は無かった、これっぽっちも。想定外、としか言いようもない不測の事態に、得意の舌先スキルをもってしても何のフォローも出来ず、何だか激しく動揺して。

つか、いやいやないないない。この展開は非常に頂けない。え、マジ、なのかコレは。いや、コレはもしかして、もしかしてしまうのか。この嫌味なくらいにモテる、女にはまるで困らなさそうな男が。こんな女性的な要素の欠片も無い上に、同じくらいかそれ以上にガタイの良い男を───────よりによって俺を、本気で想っている、なんてあっちゃいけない。

つか俺、ホモじゃねぇし。

口を半開きにしたまま間抜けに硬直した俺の反応をどう捉えたのか、土方は甚く男前な面差しで、

「万事屋………その、俺達、今日から恋人だなっ!」

こんな感じで、何だかよく解らねぇ間に、俺達は所謂コイビト同士になっていたのだった。




「万事屋っ!」

それからというものの、町でばったり出くわす度に満面の笑みでもって駈け寄って来る、ほんともうこっち来んな。至急誰か飼い主連れてきてくれ。歌舞伎町のど真ん中で大の男が告白騒動、なんて目立たないわけも無く、それからというものの歌舞伎町中から生温い視線で見守られるという、何とも屈辱的な状況に頭を抱えた。

何度これは間違いだと声高に叫んでもただの照れ隠しだとか揶揄われて、まともに取り合ってくれる奴もいない。
さらに噂が噂を呼び、俺が土方を妊娠させたからその責任を取らされただの、もう結婚の約束までしているだの、いやいつからこの国は同性結婚を認めているのか、つか男を妊娠させるなんて俺どんなエスパー?

もう一度言おう、俺はホモじゃねぇ。

俺の好みは巨乳でナース服が似合う可愛い女の子であって、瞳孔が開いていて隊服が似合う男前な成人男性ではない、断じて。
犬猿の仲と揶揄われる俺と土方がまさかのほもっぷる疑惑(あくまでも疑惑だ疑惑、事実じゃない)なんて、冗談じゃねぇ。

そう感じていたのは俺だけではなかったらしい。尊敬する上司のあまりの変わり様に隊士達は頬を引き攣らせ唖然として、猛然と俺達の関係について詰問してきたのは比較的新しい記憶だ。いや、別に何の関係もねぇから、妊娠どころか押し倒したことさえ無いから!と説得した後、最近ではもう慣れたものだ。ちょいちょい嫌味言われるけど。何かすっごく俺嫌われ気味なんだけど、理不尽な。
新八や神楽に至っては視線さえ合わせてくれない。いや、コレは違うんだマジで。頼むからその汚物を見るような瞳はやめろ。

沖田くんには、
「死ね、腐れホモップル」
なんて纏めて悪態つかれたり命狙われたりするわ、ジミーには、
「旦那、副長は健康な身体が命なんですから、無理させないでくださいね」
とかなんとか、神妙な顔つきで大量のコンドームを差し出された。
いや俺達はほんとに清純な関係だから。キスはおろか、映画デートまでしか進んでないから。
進む以前に始まってもいないけど。断っておくと、偶々ゴリラから新作の映画のチケットをあいつが貰って、それが偶々俺が見たかったタイトルで、そして偶々互いに予定が空いてたから一緒に観に行って色々と奢らせただけだ。
例えそれがカップルシートで、ついでにと次に上映されていた恋愛映画を見ることになったとは言っても、ただの偶然だ。偶然ったら偶然だ。そもそもデートなんかじゃない。

いや、その前に俺ホモじゃねぇし。

ああ、もう面倒くせぇ。
俺は一切悪くない筈なのに何なんだこの疲労感は。

土方は告白してからへらへらしてばっかだし、何かもうムカついてしょうがない。俺の平和な日常をめちゃめちゃにしてくれたくせに、らしくもなく飼い犬みてぇに破顔して、俺の後をちょこまかとカルガモの雛のようにくっついて──────ただ時折、無言で、少し眉根を寄せて、何処か憂うような眼差しで遠くを見るから。

その表情に、ああ、また何かあったのだろう、なんて。
短気で無愛想でプライドが人一倍高い鬼の副長サンには、誰かの為に自分を平気で投げ出すような、偽悪的な危うさがあるから。

そんな土方が、今まで毛嫌いしていた俺と付き合いたい、だなんて。

だから、これは決して違う。
別にそこら辺の女の子よりよっぽど綺麗に整った端正な顔立ちに惹かれただとか、誰よりも情に熱くて涙もろいところに落ちたとか、決してそんなんじゃない。

また面倒なことになりそうだから、巻き込まれる前にとっととトラブルの芽を摘んでおこうとかそんな。いつもの世話焼き精神をフルに発揮した、ただのお節介なわけで。

だから別に惚れたとか、そんなんじゃねぇ。





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