僕の額と君の体温が触れあったときに




シュルリ、と。
衣擦れの音で目が覚めた。
一応起こさないようにと配慮しているのか、寝入っていたら気付かない程度に小さく響くソレは、どうやっても手に入らない彼自身のようで。懐かない野良猫かと思えば時折懐に恐る恐る擦り寄って来て、またスルリと逃げていく。
(何か起きにくい、よな)
別に喧嘩しているという訳でもない、ただいつものように起き上がって、恐らく着替え中であろう恋人の白い背中に抱き付けばいい。
ただ、ただ。多少回復はしても、まだ万全ではないその身体で、何でもないように仕事に行こうとする彼を、自分には止められない。

咳、止まらねーだろ、って。
今も、キツいんだろ、って。
今日までゆっくりしといた方が良いんじゃねぇの、って。
言ってやれたら、どれだけ良いだろう。
まだ少々平熱より火照っているだろう、その細い背を優しく擦って、流墨のような髪の毛を撫でて。

無理、すんなよって。

結局何も出来ない俺は、瞼を開けることを断念して狸寝入りした。ふと、額に感じた熱。節ばっていて、細い指の感触。指先の硬さが彼の努力の証かと思うと何だか、切ない。
きっと土方には、ばれているのだろう。自分が起きていて寝たふりをしているのも、その理由も。
知っていて尚、土方は何も言わなかった。
知られていると解っていて尚、俺は何も言わなかった。
ふと、温もりが消えた。
ガチャリ、と鳴ったのは刀だろうか。
遠ざかってゆく足音に薄く瞼を開けば、黒い裾がそっとはためいて見えなくなった。ガラリ、と寂しげに引かれた戸からあいつが出ていって数秒後、漸くぱちりと目を開く。小さく呟いたいってらっしゃいは、シンと冷えた空気に吸い込まれていった。







「……………ああ、まだ本調子じゃねぇと思うから、外出とかあんまさせないでくれよ」
まだ何事か告げている近藤に、じゃあ、と一方的に電話を切って苛立たしげにソファーに身体を静める。いや、別にあのゴリラが悪いわけでは無いのだけれど。完全に己の八つ当たりで、ただ土方が軋む身体引き摺ってでも帰りたいのがゴリラの元だっていう嫉妬も十二分に含まれてる、ってだけだ。うん、怒ってはない、筈だ。

それは、全く自身を顧みようとしない馬鹿な恋人に何も言わなかった、否言えなかった自分への後悔、も含んでいるだろうが。
(……っとに、情けねぇよなあ…)
本当に、情けない。
左腕を曲げて顔を覆う。
俺って、こんなに弱かったっけか。いや、どうにも打たれ弱い性分なのは自覚済みだけど、これはそんな次元じゃない。ただむくりと起きて、少し驚いた恋人を腕に閉じ込めて、休めと一言言えば良かったのだ。きっと仕事馬鹿、ワーカーホリックの代名詞である彼は一蹴してそれを許さないだろうけど。それでもただ出掛け際に、無理すんな、そんな言葉を投げてやれば良かった。
何より、こんなことを今でもだらだらと引き摺って後悔している自分が、一番弱いと思った。

「…………無事、でいてくれよ」

ならば、せめて今は弱いままでいいだろうか。朝焼けにそっとそんなことを呟いた。



「おはようネ銀ちゃん!トッシーは大丈夫アルか?」
「おはようございます銀さん、珍しく早いですね」
ガラリ、と勢いよく開かれた引き戸から元気な声が響いた。ぼんやりと愛読書を捲っていた手を止めて、おう、と笑みを浮かべる。
「土方ならもう仕事行ったわ。つかオメーら飯食って来たのか」
はい、と頷く新八に、もう俺はいいと告げた。どうしてだろうか、何となく、食欲が湧かなかった。

「あー、暇だなオイ」
それとなく虫の居所が良くないのを悟ったのか、意外と聡い二人は揃って買い出しに行ってしまった。子供達に気遣わせてしまう程に酷い顔をしていたのだろうか。ああもう、と頭を掻き毟る。しかしながらこれ以上一人でうじうじとキノコを生やして引きこもっていたらば、自分の告白を新しい嫌がらせだと本気で思い込んでいた己の恋人並にネガティブシンキング街道を突っ張りそうで、じめじめしたくなくて。うん、もうこれは外に出よう、とどうにか持ち前の諦めの良さを発揮して、ブーツに手をかける。
ガラリ、と引いた戸から覗いた空は、重い灰色が一面に立ち込めていて、いやに寒々しかった。

「あ、やべぇ寒いわコレちょっと師走の江戸舐めてた俺、本気で寒ぃ」
かじかんだ指先を袖に突っ込んで、北風にぶるりと震える。思い立ったままに外に出たまでは良かったが、如何せん襟巻きも羽織すらも身に付けてない今、さすがに自分でもこの寒さには抗えない。
気温は恐らく平年並みだろうが、日が照っていない上に北風が酷いったら無いのだ。防寒対策を一切行っていない自分なんか体感温度氷点下だと思う。健気にもソレに耐えてる俺を誰か褒めて。
「いやー、やっぱアレだよね、朝の結野アナのお天気見逃したのが失敗だったわチッキショウ。つかブラック星座占い大丈夫だったかな俺、あれ洒落にならねぇもんな」
はあっ、と真白な息を吐く。寒いから帰ろっかな、もう十分気持ち切り替えられたんじゃねぇか。そうしてくるりと百八十度向き直った途端、バチリと瞳が合った。
「……………あ、」
「………何してんの、お前?」

普段と変わらない黒い隊服に身を包んで、寒さの所為か鼻頭と頬を真っ赤にした土方は些か狼狽したようにすっと目を逸らした。
どうにか冷ました行き場の無い思いがまた決壊しそうで、何となく悪い予感がして。俺もまた、そんな土方から目を逸らした。
まあ、先に顔を背けたってことはゴリラから何か言われてたんだろうけど。
「まだ、身体怠いんだろうが」
無理してんじゃねぇよ馬鹿、早口でそう言ってまた外方を向く。
「…………うるせ、ぇ馬鹿はてめーの頭だ」
相も変わらずワーカーホリックの恋人は全くもって素直じゃなかったが、そっと近づいて抱き締めると意外にも大人しく顔を埋めて来たので悪い気はしない。ああ、俺って単純。冷えきった身体が、普段より些か熱を持った土方の温もりに溶かされてゆく。
きゃあアレ見て、と騒ぐ若い女達の甲高い声に、照れ屋の恋人が慌てて引き剥がして怒鳴り付けるまで、あと数十秒。




(素直じゃないのはお互い様)






20111218
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