夢見る陽だまり




「────い、馬鹿、起きろ!」

うるせぇ、誰だ人の安眠妨害してる奴は。こちとら年末忙しくて寝てないんだぞこの歳で徹夜繰返してたら正直キツいんだよ、そこ爺くさいとか言ってんじゃねぇ、しょっぴくぞ。

「おい、───、寝るなっ」

待てよ、この声何か聞き覚えねぇか。ああ、この独特な雰囲気を持ったテノールはアイツだ。
普段は馬鹿にしてるとしか考えられない弛みきったかったるい声音がえもいわれぬ焦燥を帯びているのは、何処か面白くて堪らない。
んだよ、テメェそんな声も出せんじゃねぇか。きっと、その腕で酷く大切なものを護るとき、そんな声をするのだろう。

「テメェが大事なんだよ」、だとか。
「馬鹿、俺が絶対ぇ護ってやっから」、なんて。

そんな叫びが聞こえてきそうな。流石に此処まで口にはしないだろうけれど。いやでもアイツ、平気で魂とかさらりと吐かすから、こっちが恥ずかしくなるくらい結構クサい台詞真顔で吐けるような奴だから。
いつものいい加減なニートとのギャップが有りすぎて、余計に心惹かれてしまう。

「───かた、土方っ!」

つーかお前、普通に俺の名字知ってんじゃねぇか。多串なんて訳分からないあだ名、最初は苛立たしくてしょうがなかったが、最近では何となしに馴染んでしまっていて。彼が真面目に俺の名を呼ぶなんてそう無いから、新鮮で、何だか擽ったい。

「起きろ馬鹿、こんなとこで寝てんじゃねぇ」

おい馬鹿って誰がだ誰が。このくるくる天パ阿呆が。まだ、眠たいんだ、そっとしといてくれ。
それに、お前の声を聞いたらよく眠れそうで、不思議で仕方ない。
安心、しているのだろうか。
甘えて、いるのだろうか。

「馬鹿土方、ほんとにテメェは馬鹿だよ、っなあ」

頼むから、そんならしくねぇ声出してんじゃねーよクソ天パ。こっちまで調子狂うだろうが。ったく、情けねぇ奴だな。目覚ましたら一発殴ってやろうか。

「一人で背負って、それでアイツらが喜ぶと本気で思ってんのか。あの爺んとこ行くおめーを見送る時のジミーの顔、」

いきなり、何言い出すかと思えば。俺を見送る、ザキの顔?

「一切ポーカーフェイス崩さないくせに、震えるくらいに拳を固く握り締めた沖田くんは、」

意味が、解らない。震える程に拳を握る総悟の姿なんて、思い浮かべることさえできない、のに。
何で、なんで。

「何も知らない振りをして、ただおめーの帰りを待っていることしか出来ねぇ近藤の悔しさが、」

近藤、さん?どういう、意味だ。
近藤さんを俺は困らせて、いる?
近藤さんに、あの事を、知られている?
何も、何も知らなくていい。
頼むから、穢れきった己を知らないでいて欲しい。

「何を、意味するのか。お前なら、解るだろう?」

そんなの知らねぇ。都合上、特別に事情を話したザキがどんな顔で幕府の好色な爺共に媚びに行く俺を見送るかなんて。変な所で聡いから、薄々気付いてはいるだろう総悟が、俺に何を望んでいるかなんて。何も知らずにただ笑っていて欲しい近藤さんに、俺の陰を気付かれているかなんて。
知らない、知らなくていい。
俺は、ただ───────

「お前が身体も心もボロボロにしてアイツらを護ろうとする度に、お前が護りたい奴らは、泣きそうな顔するんだ」

そんな筈は無い、嘘だ、そんなのは嘘だ。おい、万事屋、そんな与太吐かしてっといい加減斬るぞテメェ。
だって、俺は、俺はいつだって───────。



「おめーは、何よりも大切な事を知らねぇ、見ようともしない」

何よりも大切な事?そんなの、解りきっている。俺は、ずっと───────、

「なぁ、おめーは何の為に、一人ぼっちで闘ってんだ?」

「──────し、あわせにしてぇんだ、あいつ、らを……」






緩やかに、意識が浮上する。ゆるゆると重い瞼を開けた土方の瞳に飛び込んだのは、意識を手放す前に見たのと同じ、淡い銀色。薄暗い闇の中を照らす、ぼうっとした輝きは細やかな光を零す三日月に酷く似ていた。

「……よ、ろずや」
「やーっと、お目覚めですかこの寝坊助」

ふてぶてしい仏頂面を更に顰めて、ガシガシと跳ねた頭を掻いたのは、やはり万事屋で。如何にも不機嫌そうに口唇を尖らせた彼の姿には、何処か既視感があって。
そう言えば、夢を見ていた、気がする。

「ほら、行くぞ」
「っおい、何しに来たテメェ!」
「何、って煙草吸いに行くって言い残してサボり中の税金泥棒を神社まで連れていく善良なタクシードライバーの依頼を全うするだけだけど」

甚く不機嫌そうに真顔でふざけた台詞を吐かした男は、瞳を見開いたまま硬直する土方を手際よく愛車のベスパの後部座席に押し込み、ヘルメットを被せる。
馬鹿だとか離せだとか、慌てて抗議の声を上げた土方を軽くあしらって、男もサドルに跨り、呆然とする土方へ鷹揚と振り返った。

「ほら、しっかり掴まっとけよ」
何なんだ。
何で、こんな所にお前がいるのか。
何で、事情も何も知らない筈のお前がそんな顔をしているのか。
解らない、解らないことだらけで。
ああ、この感情は。
さっきも夢に見た、

「ほら、飛ばすからもっと抱き付いてこいって」
「うるせぇ、さっさと行きやがれ」

軽口を叩いて、小さく笑った万事屋の横顔は形容し難い面差しで。
腑に落ちないことが山のようにあるのに、恐らく今の己が聞かなければならないことがある筈なのに。
男の白い着流しをきつく握り締め、瞼を閉じて身を貫き刺す夜風を感じることしか、土方には出来なかった。





「………、行かねーの?」
「うるせぇ」

宣言通り、万事屋はやたら飛ばして神社へと向かった。途中やや信号をスルーした度に背後から非難の視線を向けたものの、黙殺しやがった阿呆。一応後ろに乗せているのは警察だという自覚はあったのか定かでは無いものの、しかし今の自分にはそれを咎められなかった。

江戸で一番大きな神社の鳥居を見上げて直立不動の土方に、男は静かにそう問いかける。こいつには、全て見透かされているのかもしれない。
ああ、適わねぇなあ。
先程の夢を思い浮かべて、自嘲気味に笑った。

「ほら、突っ立ってねーで行くぞ」
「あっ、おい馬鹿、万事屋下ろせっ!」

江戸一と称されるのはやたら大きい鳥居だけでは無い。聳え立つ頂の見えない石段に嘆息した土方を───仮にも背丈の変わらない成人男性を、銀時は軽々と背負い黙々と果てしなく長い石段を上ったのだった。



「トシ!」

何も、考える余裕は無かった。

万事屋の逞しい背中に疲労した身体を預けて、一定のリズムで揺れる温もりに額を寄せて。目前でふわりと舞う銀髪を眺めながら、うつらうつらと優しい泥濘に沈んでゆくのは、とても心地良かった。

けれ、ど。

「トシ!」

荘厳な御殿が聳える頂へと、最後の段を銀時が踏み締めた途端に飛び込んだ声、刹那、揺れる視界。
一瞬何が起きたのか解らずに惚けた顔をしていたであろう、己の瞳に映り込んだのは、

「…こん、ど………さん…」

思わず震えたらしくもない声音に、自分を抱きすくめる彼の腕には力が籠もって。

「副長!何してたんですか!」
「いつまでサボってんでィ、副長失格でさァコノヤロー」

聞き慣れた悪態にゆっくりと振り向けば、罵声とは裏腹に何とも情けない表情の部下二人が突っ立っている。

ああ、心配かけたんだな、って。
胸奥に、ストンと落ちて来たものを素直に噛み締める。

「………馬鹿っ野郎、トシ、お前は大馬鹿野郎だ!、んで、いっつも一人で抱え込みやがって、っ」
「悪かったよ、近藤さん。……もう、こんな真似はしねぇ」

当たり前だ、と鼻水を啜りながら怒鳴る近藤に苦笑して、そっと薄く雪の積もったその肩に顔を埋めた。

「副長っ!もう本当にアンタって人は何で無理することしか知らないんですか、俺、俺っ……」
「心配、かけて悪かったなザキ」

今にも泣き出しそうな顔で早口に捲し立てる山崎にそう漏らせば、背後から勢い良く飛び付いて来た。普段、飄々としていて喰えない監察の変貌に目を見開きつつ、土方は少しだけ口元を弛めた。

「あーあ、何時間もサボり倒しといてヘラヘラしてんじゃねーよクソ方」

ふい、と顔を背けて悪態づくまだ幼い横顔に、色濃く残る疲労が見えて、何とも言えなくて。
ただ、そっと近藤の身体を離して栗髪をくしゃりと掻き撫でた。

ああ、万事屋。テメェの言ったことは、全部本当だったみてぇだ。
只の夢だ、とお前は笑い飛ばすかもしれないけれど。


ゴォン、ゴォン。
唐突に鳴り響いた鐘の音と共に、わあっと境内が沸いて、誰彼構わず口々に新年を祝う言葉を零す。
「明けましておめでとう、トシ」
「副長、雑煮の炊き出し持って来ました」
「今年こそは俺が副長でィ」
─────俺は幸せにしたかったんだ。
何よりも大切なこの組を、こいつらを。

「ああ、今年も宜しく」
─────それには少し、遠回りをしたのかもしれないけれど。

「ぐずぐずしている暇は無ぇ、忙しい時に抜け出して悪かった。早速、警備再開だ」
─────もう間違えないから、だから、どうか。

「おい、十番隊は境内の巡回だろうが。原田は何処だ」
「先程本殿の側で見かけました。副長が失踪したってきっと無事を祈ってるんじゃないですか」
「何やってんだアイツは、ったくしゃあねぇ、俺ァ戻って来たからさっさと持ち場に行けって伝えろ」

─────ずっと、暖かい陽溜まりの中で笑っていてくれ。



いつの間にか、そっと銀色は消えていた。




(夢で見た銀色は何処へ、)

慣れないことはしないものです。
気付いたら銀さん空気になりました幕臣要素何処行った。
中々終わらなくてすみませんでした本当に……(土下座)!
20120128
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