不器用な二人


拍手御礼文の続き物ですので、未読の方は先に其方をご覧ください。




「………じ、…た…きろ、って……!」
何だか、すごく温かい。






久方ぶりの非番をもぎ取った俺は、何となく暇を持て余していて、やる事がなくて。書類が山のように溜まっている時は、非番の緩やかな一時が恋しくて堪らないのだけれど。──────まあ、もっとも、この時分の俺にすることが無い、なんてただの言い訳でしかなかったけれど。仕方ねぇ、と土方は深く嘆息して、道場へと向かう屯所の廊下を静かに進んだ。

「……おっ、トシ?どうした、今夜は非番じゃなかったか?」
「別に、する事もねぇから汗でも掻こうかと思ってよ」
「トシ、今夜くらいはゆっくり酒でも飲みに行って来い。ここ最近、ずっと休んでなかったろ?」
お前がいない間ちゃんと留守番くらいするさ、と人の良い鷹揚な笑みを浮かべた近藤に、バシリと背中を軽く叩かれた俺は否定できる言葉を持ち合わせてなくて。仕方なく、仕方なくだと己に言い聞かせて夜の歌舞伎町へと足を向けた。
昼間、あんな事言われたくせに。銀色に逢いたくない筈なのに。
もう、シン、と冷えた胸の痛みを味わいたくはないだろう?
何よりも、言った本人だって何も考えずに、ただの冗談でさらりと口にしただけであろう、そんな一言に此処まで打ちのめされる己の弱さが不甲斐なくて、信じられなくて。俺は、こんなにも弱い人間だったのだろうか。
(どうせ、甲斐性の無ぇ奴だから飲む金なんざあるわけないだろ)
ほら、また言い訳を一つ。脳内から寄越された、嘲笑い交じりの声を無視して、俺はカラリと小気味よい音を立てて馴染みの居酒屋の引き戸を開いた、のだが、
(しまったな…………)
この界隈ではそれなりに名の知れた行き付けの店はかなり込みあっていて、空席が見当たらない。出直そうと一歩引いたときに瞳に飛び込んできたのは、
カウンター前にぽつねんと残された一つの空席、そして─────
蛍光灯の人工照明ですらキラキラと輝く、綺麗な綺麗な銀髪だった。

銀時が、己の姿をその紅藍の双眸に映した瞬間、その顔に湛えたのは間違いなく嫌悪で。嫌われているのは、解り過ぎるくらい、なのに。死んだ魚の瞳、だなんて揶揄われるあいつの顔を実はこっそり男前だとか思っていたり、偶に煌めくあの瞳に惚れ込んでいたり。
だから、耐えられないのだろうか。

自分が誰よりも惚れた、飄々とした表情に、誰かを慈しむ微笑みに、時折覗く、真っ直ぐな生き様を表すような凛とした面差しに。
自分を厭うような翳りがひた混じるのが。諦めよう、ただ一言胸の奥で呟いた刹那、
「おい、俺の隣空いてっから座れよ」
踵を返して立ち去ろうとした、何とも情けない敵前逃亡は、右肩を何故か掴まれて唯一空いていた銀時の隣に押し込まれたことで呆気なく終息した。

勢いよく振り返っては見たものの、きまり悪くて堪らない。というか、何でこいつはこんなに普通にしていられるのか。ふとすれば、すぐにズキリと痛む胸奥に顔を顰めて、呟くように尋ねた。
「………隣、」
座ってもいいのか、独り言のようなぼそりとした声は我ながら情けなかったけれど。
仕事帰りの男性客が多い店内は酷く騒がしいのに、此処、カウンターの端は沈黙が続いていて。普段なら、互いの嗜好に文句を付けたり、くだらないことに全力で己の語彙力の限りを尽くした応酬をしたりと、揃って店の親仁に怒鳴られるくせ、
(気まずい、な)
チカチカ、と蛍光灯が鳴っている。此処だけ世界に取り残されているようで、二人きりの世界のようで。背景の喧騒はぼんやりと漂ってはいるけれど、自分と銀時の間で流れる時間がまるで特別なんじゃないか。己の単純な思考回路が、相反する心情が、酷く気まずい。何処かで、それもいいじゃないかなんて囁く自分も確かにいたから。

それから喧嘩について触れることもなく、暫く無言のまま時は流れたけれど、長年連れ添った夫婦のようにまるで居心地が良かった。


ああ、頭がぼうっとする。居心地の良い安寧に身を任せるまま、アルコールを一向煽っていたせいか、酷く眠い。ふと隣を見やれば、銀色が瞳に映る。ああ、まだ帰ってなかった。万事屋の子供達はいいのか。明日も一応仕事だろ、特に何もしないだろうけど。というか、こんな処で飲んだくれている暇あるならもちっと働けやこの無産市民が。ぐだぐだと栓無いことばかりがシナプスを駈け巡ってゆくけれど、別にもういいだろう。こっちは暫く睡眠返上で馬車馬みてぇに働いてたんだ。だから、これくらいなら、ほんの少しだけなら、銀色に近づいても構わないんじゃないか。別に、触れたいなんて思っちゃいない。ただ、この和らかな微睡みの中でだけ、大好きな銀色に縋っていたい、なんて。
意識を手放す三秒前、チカチカと点滅する蛍光灯の青白に、何処か穏やかな温もりを感じた。


「……じか…た…………き…ろっ………って」
ぼんやりとした暗闇の中で、温かな声が薄らいでいる。ああ、何だろうか、よく解らない。けれど、酷く優しい。此処数日ろくに眠っていない身体は、このまま睡眠を欲していて。起きなきゃいけない、そう思うのに、その優しい温もりに縋ってしまう。

たん、たん、たん。
たん、たん、たん。
一定のリズムで揺れる身体は、大きな揺りかごに寝かされているようで。何だろう、これは。解らない。よく解らないのに、酷く安心する。何だか、胸がほう、っと温かい。
たん、たん、たん。
そうか、夢を見ているのか。久し振りに見た夢は、こんなにも優しかった。何だか胸奥が擽ったくて、無意識に笑みが零れる。ああ、擽ったい。あの柔らかなふわふわの銀色を触れているようで、酷く擽ったくて、堪らない。

たん、たん、たん。
「んー………んどさ、………だろ、って………こん、…どさ」
この時の俺は少し、ほんの少し、油断していた。酔い潰れて寝こけた自分をあの男が運んでくれるだなんて、思いもよらなかった。でも、そうだった。あいつはそんな男だろう?散々に嫌っている相手にさえも、当たり前のように手を差し伸べる。無償でその優しさを分け隔てなく与えてくれる。隣で共にアルコールを煽っていたのが、犬猿の仲で、気にくわない、自分と同じ背格好の重たい男であっても。
(でも、この時の俺は何も気付いちゃいなかった)
その化け物じみた強さだけじゃない。むしろ、性懲りもなく幾度とパチンコで有金摺ったり、社会人とは思えないような発言ばかりかましたりする甲斐性無しで。それなのに、時折その紅藍の双眸を煌めかせて、木刀一本で大切なものを護り抜く真っ直ぐな背中と武士道。そんなものを垣間見せて、それでも尚、その強さをひけらかすようなことはしなくて。実は子供並みに寂しがりやで、傷つきやすくて、酷く優しい、そんな馬鹿に俺は惹かれているというのに。あの頃の自分は卑屈になって、其処から目を背けてばかりいたんだ。

「な…ぁ、……んどさ、お、…れ………が、…き……んだ…」
「え?」
まるで、あいつが相槌を打ってくれているようで。聞いてくれているみたいで。俺の話を、馬鹿になんかしないで、耳を傾けてくれているみたいで。
俺が今話しかけているのは、夢の中だというのに。

「お…、れ……すきな……とが……る、んだ」
(俺、好きな人がいるんだ)
ずっと、ずっと惚れてる奴がいるんだ。そいつは全然気付いていなくて馬鹿にされたけど、確かに恋慕を抱いていて。
(昼間、なんでキレちまったかなあ……)

『───…へーぇ、鬼の副長さんはレンアイなんてしてる暇はねぇってか?まあ、ツラはいいからね、お前。その気は無くても簡単に誰でもオトせるんだろうけど。お前なんかに惚れる奴も可哀想だよな』

甦る往来での大喧嘩。無論軽い冗談のつもりで放ったであろう、普段の応酬となんら変わりのない銀時の一言。けれど惚れた相手が放ったそれは、現在進行形で銀時に想いを寄せている自分にしてみれば、暗澹以外の何物でもなくて。だから、土方は怒った。己の恋情を踏み躙った銀時よりも、それに自分が傷ついたことに。誰よりも己に厳しく、誰よりも人に優しい人間だから、坂田銀時という男は。
(俺は、何て自己中心なんだ)
本気で人を傷つける言葉を、恐らくあいつは知っている。人の痛みを、誰よりもあいつは知っている。そんな銀時だからこそ、自分は惚れたのだから。自分から遠ざけておいて、相手にもされないだけで傷つくなんて、そんな。何て身勝手な人間なんだろう。遠くからあの綺麗な銀色をそっと眺められたら幸せだ、って本気でそう思っていた筈なのに。

「………、きなん…だ、……だれ…もいえね、…けど」
(好きなんだ、誰にも言えねぇけど)
この恋を、一生知られてはならない。打ち明けるまでもなく、素振りさえ見せてはならない。そんなことをしたら、あの優しい銀色は少し困ったような瞳をして、そっと自分を遠ざけるのだろう。そんなのは、嫌だ。隣に居られなくったって構わない。ただ、時折往来で小学生みたいな喧嘩して、本当は心底幸せなくせに仕方ないなんて体を装って、甘味を奢りなんかして。

「ぎん、…とき」
「え?」
ツキリ、と軋む胸の甘やかな痛みに知らず頬笑んで口にした名前は、何よりも甘くて、幸せで。

「ひじか、た………?」

「てめぇの、……こと、………き、な…だ」



(おめぇに、惚れちまったって言ったら笑うか?)
何も知らなかった、
顔を見れば怒鳴り込んでくるお前が、
そんな痛みをずっと胸奥に抱えていたなんて、
同情なんかじゃねぇんだ、
あの夜頼りない三日月に照らされた寝顔は酷く綺麗で、
溢れ出す傷だらけの言葉に何だか泣きそうになって、
ああ俺が護ってやりたいって、

まだ、今は伝えられなくても。
好きだ、って。
惚れちまった、って。
お前が信じてくれるまで、何度でも。





何なんだこの二人。むしろ恥ずかしい二人。土方が電波な乙女……(爆)
20111122
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