僕の額と君の体温が触れあったとき




「もしもし、ゴリラのお宅ですか?」
「おう、銀時か。どうした?」






熱を計ろうとして額をくっ付けたことで余計に具合が悪化してしまった、何とも微笑ましい土方の頭に氷枕を敷き、今にもゴリラの巣に戻ろうと足掻くのをやんわり押し留めた銀時はその保護者である近藤の携帯番号へダイヤルを回した。一応昨日までが非番であった副長が戻ってないとあらば大分組に迷惑がかかるだろうし、何より当の本人が気に掛ける。まだ本人には伝えていないが、一応土方と正式に交際することが決まっていの一番に報告に向かったのは、実を言うと彼の大将である近藤のところで。そもそも自分は今でこそ万事屋なんて胡散げながらも一応まっとうな商売を営んではいるが、叩けば色々と埃の出る────かつて、“白夜叉”なんてやっちゃった感溢れる、思わずセンスを疑うような(今では思い出したくもない)かなり恥ずかしいネーミングで呼ばれていた曰く付きの伝説を持つ、至極怪しい超不審者には違いないのだから、この関係が土方にとって後ろめたいものになるのではないかと不安だった。
あいつの足枷になんざ、なりたくねぇ。
だから、大将に認めてもらいたかった。土方が一生付いていくと決めた、唯一無二の大将に。
そんな思いに突き動かされたように屯所の門を叩いたのは、結構前のことになる。


偶々見かけた沖田に入れてもらい、真っ直ぐ局長室に向かったのだが。
ウチとは違って光沢のする小綺麗な廊下の床板を真っ直ぐ進みながら、振り向かずに栗髪は告げたのだ。
「あの人を説得するのは、難しいと思いやすぜ」
「だったら何?生憎、そんなんでへこたれるくれえの安っぽい愛は持ち合わせてねーんだわ」


「局長、万事屋の旦那でさァ」
「万事屋が俺に何の用だ?まぁいい、中で聞こう」
沖田と近藤のやり取りを薄ぼんやりとしながら聞いて、襖を開けた。
「ほんとに此処が、おめぇの部屋なの?」
「ほんとに、ってお前なあ……。俺だって部屋くらいきちんとしているさ」
沖田の先程の忠告に、らしくもなく緊張しているようで。全く情けなさすぎて、笑えてくる。イロイロ誤魔化そうとして咄嗟に出た一言にへらりとしたいつもな笑みを浮かべてみれば、近藤はいたって平生と変わらないように苦笑した。
(さて、このゴリラパパをどうやって陥落させるか……)
この説得には、自分と土方の恋路がかかっているのだ。つまるところ、土方と正式にあんなコトやこんなコトをイタしちゃう馬鹿ップルになれるかどうかは、今この瞬間次第だというわけで。

落ち着け坂田銀時。今日の相手は口先でどうにかなる相手じゃねぇ。コレを越えたら、土方とラブラブスイート生活が待っているのだ。落ち着け、落ち着け、落ち着け……!

落ち着いて中を見渡せば、他の幹部の部屋と同じ造りだが、少し広々としていた。あまり大差はないらしいが、きっとそう見えるのは意外とこざっぱりとしていて持ち物が少ないからだろう。襖の隣には、常に書類の山で溢れた土方とは正反対に二、三枚の和紙と硯のみが乗った文机、他には箪笥や刀掛けなど最低限の物しか置いていない。何よりも目を惹いたのは、刀の側に掛けてある大きな掛軸で、『武士』と力強さの籠もった筆で書かれており、恐らくは近藤の筆跡であろうと指差せば、少し照れたように頬を掻いた。
「俺達は、元々から武士の身分だったわけじゃねぇ。だから、部屋ひとつとは言っても、何処までも武士らしくありたいのさ」
眩しかった。
ああ、土方の認めた男だ。
彼が認める大将は、こんなにも大きな男だった。
確かに、説得するには相当手こずるかもしれない。
(でも、此処で諦めるわけにはいかねーのよ、沖田くん)
にやりと口唇の角を上げて、心の中でこっそり彼に語りかけた。

「それで、武士の近藤に一つ頼みがあるんだけど」
「……何だ?」
渇いた唇を舐める。

「土方との交際を認めてください」

「いいぞ」
「いや、土方とはそりゃ男同士だけど俺は本気で愛して、って────あれ?」
今何て言ったんだ、このゴリ…もとい男は。
「此方こそ、トシのこと、頼む」
無論反対されるであろうと確信していた俺は、近藤が何事か口を開いた瞬間にもうまくし立てていたのだが、アレ、ちょっと待てよもしかして俺結構恥ずかしい痛いコなカンジ?
「え、ってええええ?」
今更ながら自分が酷い思い違いをしていて、かなりこっ恥ずかしい台詞をぶちまけたことに気付き、思わず目前のゴリラを穴が開くほどに見つめた。いやいやいやおかしいだろコレ。完全に嵌められたよね、俺。だってさっき言ってたよね沖田くん。
『あの人を説得するのは難しいと思いやすぜ───』
思いやすぜ───
思いやすぜ───………
エコーのかかる、ドエス皇子が吐いた意味深な台詞を頭の中で反芻したとき、ちょうど同じ声が襖の向こうから届いた。
「あ、旦那ァどうしたんでィそんな怖い顔して」
それと、説得は上手くいきやしたか?
街頭アンケートで十人中九人が天真爛漫と答えるであろう──────しかし、銀時にとってはサディスティック星の鬼神にしか見えない禍々しい笑みを浮かべた沖田がそう問うのに全てを悟った。
これじゃあ引っ掛かる土方くんも馬鹿に出来ねぇわ。だって無理だもん、色々と。ていうか、一番恥ずかしいのは局長室前に沖田に宣戦布告するように告げたアレだよね。安っぽい愛ってナニ?何なの俺、何で無駄にシリアスターンに持ち込んだの俺!十分前の己に問いたい、寧ろ殴って気絶させたい。
「まあ、お前がトシの相手なら安心だ。あいつが、一番自分らしくいられるのはお前、銀時の前だからなぁ。トシのこと、本当に頼んだぞ。幸せにしてやってくれ」
真面目な顔をして、それでもからからと快活そうに笑った能天気ゴリラに、余計に羞恥心が煽られた俺は、どうにも居たたまれなくなってその顔面に二、三発ぶち込んでやったのだった。




『それで、トシは万事屋にいるんだな?』
「ああ、だいぶ熱も高ぇしいっそ此処で休ませようかと思って。そっち行ったら、それこそぶっ倒れるまで仕事すんだろーが」
『トシは無理ばかりするからなぁ。昨日の非番もふいにしちまったし、今日は一日トシのこと頼む。くれぐれも熱を上げるようなことはせんでくれよ』
最後にとんでもない爆弾発言をしたゴリラに、そんなの元気なときに幾らでもやってやるわと電話口に怒鳴りつけてやった。あいつ俺を何だと思ってんだ。
それから、慣れた手つきでまたダイヤルを回す。二コール目で出てきたのは、一昨日の晩から新八の家に泊まり込んでいる神楽だった。
『もしもし、誰アルか?此処は姐御のいる志村家ヨ、セールスならお断りネ』
「こんな朝っぱらからセールスじゃねぇよ。あー、俺だ神楽」
『俺って誰アルか?此処は志村家ヨ、俺俺詐欺なら……』
「朝からふざけてんなボケぇぇぇ!今日は休みにすっからこっち来ないでくれ、新八もな」
元気にボケ倒す神楽に些か疲れの滲む声で告げれば、何で、と素直に疑問が返ってきた。
「土方が昨日予定より遅く来たんだけど、熱出しちまって。ゴリラに看病頼まれてんだわ。移すといけねぇし、土方気にするだろ?」
『トッシーが風邪引いたってマジアルか!それきっと銀ちゃんの所為ヨ、ワタシが居ないからって昨夜無理させたに違いないネ』
「うっせぇ、つーか夜にはもう熱あったし、土方に突っ込んでねえし俺」
何やら向こうの電話口から新八の叫び声が聞こえた気もするが、まあ放っておいて問題はない。
『じゃあ、トッシーにお大事にって言っといてヨ銀ちゃん』
少し哀しそうな色の声を残して電話は切れた。意外と女子供には優しくて情の熱い土方の本質に気づいてからは、一気に子供達、とりわけ神楽は土方によく懐いた。だから、何だかんだ言いつつも、結構心配しているのだろう。土方に言ってやれば、喜ぶかもしれない。彼もまた、自分の家族である少女に慕われるのを、とても嬉しそうにしていたから。
何だか胸に灯火が灯ったような、ほっこりと温かい気分になって、銀時は柔らかい笑みを零した。


「土方ー粥作ったけど食う?」
「……屯所に、れんらく……しねぇ、と…」
朝早くからどたばたと落ち着かなかったが、ようやく必要なことはやってしまった。湯気の立つ小ぶりの土鍋を抱えて寝室に戻ってみれば、擦れた声で口にするのは真選組のことばかり。解っちゃいるが、やっぱり悔しい。少し眉間に皺を寄せると、
「屯所にはもう俺が連絡しといたから。ゴリが、昨日非番ふいにしちまったから今日は休みだってさ。ゆっくり休んどけって」
「こんど……さ、ん…が………?」
「ああ。だから、ゆっくりお休み。十四郎」
幾ら皺を寄せようが、声色が優しくなってしまうのだけれど。近藤、の言葉に安心しきったのか、再びゆるゆると白い瞼を伏せて微睡む土方はどうしようもなく可愛くて、その癖のない漆黒の毛先を飽きることなく撫で続けた。
(早く治っては欲しいんだけどなあ………)

けれど、和かな薄光に照らされた土方を静かに見守る緩やかな時間も捨てがたかった。

まあ、もうちょっだけ。
この温かな時間の中で、腕の中に愛しい温もりを閉じ込めておこう。
どうせ、明日の朝早くには仲間のところへ帰ってしまうのだから。





(君の温もりを、もうすこし)





感じていたい、なんて。
20111106
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