その名を呼ぶ声が聞こえたら




お前の呼ぶ声が聞こえたら。
俺を呼ぶ声が聞こえたら。

いつだって、俺は……………





ジリリリリリリ、ジリリリリリリ。
黒電話がけたたましい音を響かせる。
ジリリリリリリ、ジリリリリリリ。
ったく、人がせっかく昼間の暖かな陽射しにぼうっとしていたというのに。新八辺りが出るまで放っておこうかと、ぼんやりしながら愛読書をぺらりと捲る手は休めない。
ジリリリリリリ、ジリリリリリリ。
「あー、もうしつけぇなオイ」
鳴り止まぬベルの音に苛つきながらジャンプを放り、立ち上がる。そういえば、従業員の子供達は揃って出かけていた。ああ、喧しい。というか、そもそも何故電話のベルってんな焦燥感駆り立てるように仰々しいのか。
ジリリリリリリ、ジリリリリリリ。
間違い電話なら叩き斬ってやる、と半ば本気で意気込みながら電話へと緩慢な動作でもって手を伸ばす。
ジリリリリリリ、ジリリ、
「はァい、もしもし万事屋銀ちゃんでーす。どちら様ですかー?」
普段と変わらぬだらしのない声音を出しつつも、この唐突な電話の主をさりげなく探り出す。昼下がり、とはいえ八つ時も過ぎ、依頼は無いだろう。少々訝しみながら返事を待つ俺に届いた声は、考えもしなかった、それでも聞き覚えのありすぎるものだった。
『……よ、…ろず……や、か…?』
「ひじ、かた………?」
か細い、声。酷く擦れていて、全く彼らしくない、弱々しい声。一度も、自分からかけてくれたことは無かった、愛おしい声。
眠気なんて一瞬で吹き飛んだ。
逸る鼓動、背中に汗がつう、と垂れる。嫌な予感が、する。
「土方、どうしたの」
電話口の向こう側にいる恋人、そして己を落ち着ける為に鷹揚と話しかけた。
『わかんねぇ、解らねぇんだ。けど、もう………』
「十四郎、ゆっくりでいいから。何があったのか話して」
バクバクと嫌に高鳴る胸を押さえつける。俺が、慌ててはいけない。土方に何が起こっているのかは解らないが、珍しい、本当に珍しい程に彼の動揺がひしひしと伝わってくる。
『時間が無ぇ、此処も直に見つかる。よく解んねぇが気付いたらテメェに掛けてた。俺も大概だな、初めての電話がコレなんて』
「待って、十四郎。おめぇ今何処にいる?」
─────見付かる?何に?彼は今、何処で何をしているのか。何かに、追われている?ぐるぐるとした思考は纏まらない。
『………どっかの古い神社、みてえだ。見たこと無いくれぇにでっかい鳥居があって、……梅?おっきな梅の木が沢山あるんだ。きっと、三月は凄く…綺麗、なんだろうな』
饒舌な土方の台詞。淡い情感の籠もったそれは、何よりも銀時を焦らせる。
古い神社、大きな鳥居、梅の名所────駄目だ全く思い浮かばない。
「十四郎、お前今一人でそこにいるのか?真選組はどうした、仕事じゃねえのか」
『真選組……か。近藤さん達は、普通に屯所にいる筈だ。もう時間が無ぇ、今から言うことちゃんと聞け』
止めてくれ、そんな、そんな声で笑うのは。時間が無い、そう言いつつも土方の悠然とした口調は、さっぱりとしていて、何処か諦めているようで。
「なあ、十四郎」
お願いだから、と愛しい名を呼ぶ声は、酷く震えていた。
『俺は、幸せだった。近藤さんに、総悟に、山崎、原田、真選組でいられて幸せだった。………そして、お前に、……銀時に出逢えて、家族が出来て、本当に幸せだったぜ』

ありがとう、愛しているよ
───────銀時

まるで遺言めいた囁きを残して、冷たい電子音は土方との繋がりを断ち切った。


***


「あれ、旦那じゃないですか。久し振りですね」
真選組屯所の荘厳な門の前に直立する若い平隊士にへらりと手を振れば、人懐っこい笑みを浮かべて話しかける。そして何の他意も無いであろう、副長なら居ませんよ、なんて苦笑混じりに寄越された台詞にツキリと左胸が疼く。
ジワリと拡がる痛みを誤魔化すように片手を上げて、銀時は敷地内へと足を踏み入れた。

「おう、銀時じゃないか」
「近藤、話がある」
近藤は、何も知らないのだろうか。土方が、何を思い、電話口の遠い向こうであの言葉を発したのかを。だから、何時ものように、こうやって快活な笑みを浮かべているのか。完全な八つ当たりだということは解っていた。けれど、どうしてもやるせない。
「……旦那ァ、近藤さんにかすり傷でも負わせてみなせぇ。俺が全力でぶった斬りまさァ」
久し振りに会ったというのに、そんな怖い顔しないで下せーよ。
銀時のドロリとした燻る負の感情に気付いたのか、唐突に後ろから現れた沖田が、全くもって警察らしからぬ物騒な台詞を、思考を読ませないような薄ら笑いで放つ。銀時より茶がかった紅の双眸は、決して笑ってはいなかったけれど。
「総一郎くんも久し振りじゃん。まさか間違ってもゴリラには手ェ出さねーよ。土方くんに嫌われたくねぇし?」
そうそう、件のウチの可愛い恋人について話があるんだよね、なんていけしゃあしゃあと宣巻く銀時の鬼神の如き笑みに、武装警察のトップと幹部は洩れなく頬を引き攣らせた。


「で、トシがどうしたんだ」
取り敢えず、と誘われた局長室の真中で腕を組み、滅多に見ない銀時の強張らせた表情に嫌な予感を覚えながらも、近藤が尋ねた。
暫く何事か思考している様子で沈黙を守っていた銀時が、漸く口を開く。
「土方は、今何処だ?」
何があったのかと眉を顰める近藤を手で制し、やはり鼻につく程のポーカーフェイスを崩さない沖田が口を挟んだ。
「土方さんは今京に居まさァ。何ともお偉い方と会議だとか会食だとかで、顔見せに山崎を含め部下数人を連れていやす」
隊士数人、とはいっても腕の立つ幹部は連れていないと言う。しかも土方は、江戸にはいない。
これは、急がねぇと─────、
「旦那。土方のアホがピンチなのは何となく解りやした。けどねィ」
土方さんは、あんたの恋人である前にウチの副長でさァ。
「そこんとこ、忘れて貰っちゃ困りますよ」
まるで彼自身の持つ真剣の切っ先のように鋭く、冷えた緋色の双眸に、ドクリ、ドクリと滾る思考も幾らか和らいで。そうだ、土方は。ああ、本当に己らしくもない。もう一度自身を落ち着かせるようにはぁ、と嘆息して、右手でガリガリと頭を掻き毟った。
「土方から、さっき電話があった」
二人の食い入るような視線を感じる。
「あいつは誰かに追われている。多分敵は複数、恐らく一人で逃げているかもしれねぇ」
沖田が、息を呑む。
「テメェらの敵なんて、江戸じゃあゴロツキから天人までうようよしてるけどな」
一つ、息を吐く。まさか、よりによって京にいるだなんて。
「京は、違ぇ。昔気質の、それこそ本物の攘夷志士がまだ根強く生き残ってんだ」
加えて京の街並みはよく碁盤の目に比喩されるように、余所者は簡単に迷い込む。高層ビルの建ち並ぶ江戸とは違い、一様な町屋が整然と並ぶ様は、迷うなと言う方が無理な話。
「確かに、土方は強ぇ。けどな、地理において圧倒的に不利な上、大勢の屈強な浪士にたった一人で立ち向かうなんざ………あまりにも危険過ぎる」
だから、土方は言っていた。
きっともう、彼は悟っていたのかもしれない。己に勝ち目が無いことを。だから、最後だと思って、あんな言葉を残した。
「幸せだった、って。あいつはもう、諦めてんだ。江戸に、お前らの元に帰って来ることを」
そんなの、許さない。許せない、させてたまるか。俺はてめぇのことを、諦めるつもりなんざさらさらねーんだよ、なあ十四郎。
「京に、行って来るわ。あいつを取り戻しに。絶対ぇ、連れて帰っからな」
「旦那、俺も、」
行かせてくれ、下唇をキリ、と噛み締め縋るように絞り出された沖田の言葉を、押し留める。
「沖田くん、お前はもう一つ大事なモン護っておかなきゃ駄目だろ」
首を傾げる彼の額を軽く、こづく。
「あいつが死んでも護ろうとしてきた其処の大将と、帰る場所。大事な副長サンは、俺が責任持って連れて来るからよ」
「万事屋」
今まで口を閉ざしていた近藤が、ゆっくりと瞼を開き、真っ直ぐな双眸で銀時を射ぬく。
「これは、依頼金だ」
そんなものいらない、とはねのけようとした銀時の手をガッチリと掴んで離さない。
「京まで一人分の特急料金」
ピタリ、と銀時の動きが止まる。
「そして、二人分の帰りの電車代だ」
そう告げて、近藤はニカリと鷹揚とした笑顔で続ける。
「トシには、すまんことをした。帰りは急がなくても良い。連絡をくれたら、二、三日ゆっくりして帰ってきてくれても構わん」
それとこれを使ってくれ、と差し出した近藤自身の物であろう携帯電話を、沖田が眉を顰めて取り上げた。
「近藤さん、あんた正気ですかィ?組のトップが何易々と携帯渡してるんでィ」
使うならこっちを使え、と沖田がポケットから取出して銀時に放った。簡単に使い方を教えてもらい、小さな機械を懐にしまう。
じゃあ、と片手を緩く振った、今は行方知れずの馬鹿副長と同じ高さの後ろ姿に。
誰よりも頼もしい、その銀色に。
「馬鹿土方捕まえたら、俺の分で一発殴っといてくだせぇよ」
「んー、さすがに可哀想だから思いっきりチューして抱き締めとくわ」


俺の名を呼ぶ声が聞こえたから、
遠い京の地から俺を呼ぶ声を君がくれたから、

(絶対ぇ見付けて抱き締めてチューしてやっからな)
お前があの日頷いたときに、何がなんでも離さないって言っただろ。銀さん言っとくけど、かなり執念深いから。
白いベスパに飛び乗り、彼方の恋人へと向かった。







(その名を呼ぶ声が聞こえたら)


宇宙の果てまで、お前に逢いにゆくよ






やっつけ感満載……!
20111120

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