僕、レンアイ初心者なんです




本当、馬鹿みてぇ。




喩えるなら、祭囃の中齧りついた綿菓子だとか、春爛漫な午後の空に浮く真白な積雲のような。今思えば、最初はそんな、ふわふわした優しさと純粋な恋慕に満ちた初恋だった。


最近、従業員の子供達にも訝しげな顔を向けられる程に、坂田銀時は機嫌が良かった。依頼が入らず週一の苺パフェを食べ損ねても、家賃滞納に青筋立てた家主が乗り込んで来ても、普段は考えられないような終始おおらかな態度が崩れることはなく。散々気味悪がられ、何か悪いものでも拾い食いしたのではないかと、子供達には心配された。
かなり失礼だってアイツら解ってんのかね。
しかし、自分でも浮かれている自覚は大分にある。
だって俺………

(初恋、してるんだもんね)

初恋、だなんて。自分でもかなりイタい大人だ、って結構自覚してる、ほっといてくれ。舌に乗せただけでも何だか酷く擽ったい、餓鬼か俺は。
恥ずかしい、ああ恥ずかしいことこの上ない。そもそもこの歳になって初めての恋なんて、こっ恥ずかしい話だが、別に今まで誰とも付き合ったことが無いわけではない。皆には面白おかしくモテないモテないと騒ぎ立ててはいるが、それなりには恋愛経験があるわけで。
(でも、こんな気持ちは初めてだわ………)
普段、己の両腕が届く距離の中にいない奴には自ら関わろうとするような人間ではない。ただ、自分で決めた武士道に反せぬよう護りきれる分だけ、ともうかけがえのないもの達を喪わないよう、傷つかないように線を引いた。
自分の腕は、そんなに大きくないから。昔、嫌という程それをまざまざと思い知らされたから。沢山のものを抱えようとすればするほど、腕の隙間からさらさらと擦り抜けてゆく。
だから、もう余計なものは背負わないとあの曇天に誓ったはずなのに。
新しく抱え込もうとしているのが、よりによって真選組の鬼の副長サンだなんて、よっぽど俺もどうかしてるのかついに頭がイカれたのか。つい最近認めるまで大分にキリキリと葛藤したその想いは、認めてしまえばなかなか幸せな温もりに包まれているようで。巡回の途中なのか、厳粛な面持ちで辺りを見回す整った顔を見付けるだけで、キュン、と鼓動が跳ね上がる。顔を見られただけでもその日一日は、例え結野アナの占いがビリだったとしたって、酷く幸福なのだから不思議だ。だって、あんなにも可愛らしくて、愛しい素敵なイキモノは他にいない。
鬼だなんて呼ばれ自分でもその気になってるくせに、呆れるほど仲間思いなところも、私服で通りを歩けばわらわらと女に囲まれてポーカーフェイス気取ってるのに意外と初心なところも、
ああもう、可愛い。
可愛くて堪らない。
その硬い躯を抱きすくめて、シャープな割に瑞々しくふくらとした頬にすり寄せたいくらいには。
まあ、その硬い躯を割り開いてその熱を思う存分味わいたいなんていう欲求は持っていたけれど、乱暴にするつもりなんてさらさらない。躯の関係を持つのだって、きちんと告白してお付き合いしてそれなりに経ってから、と決めていた。つまり、この時までは確かに俺は似合わない程に透きとおるような綺麗な綺麗な恋情を抱えていたんだ。



久々に依頼で懐が温かかった俺が、その薄い背中を見つけたのはちょっとした偶然だった。ただでさえ忙しい仕事バカ人間に、こんな平日の夜に出会えるだなんて思ってもみなくて。だから、見覚えのある黒の着流しを纏った後ろ姿が視界に入ったとき、ドクリと鼓動が爆ぜそうになったのを抑えつけて、いかにも見つけてしまったから仕方ないという体を装って飄々とした口ぶりで声を掛けた。
「あれ、多串君じゃーん、久しぶりじゃねえ?飲も飲も」
手酌でのんびりと酒を呷りながら肴をつまんでいた土方が、鷹揚と振り返った。既に幾らか酒を飲んでいるのか、屋台の橙に燻った照明で照らされた目元や頬は赤朱に染まっていた。
「んだよ酔っ払ってんのかテメェ、面倒な絡み方してんじゃねえ」
よっぽど俺に声を掛けられたのが嫌だったのか、普段に負けず劣らず機嫌の悪い声を絞り出した土方は、酔いのせいか、意外と穏やかな表情をしていて。自分に向けられたことのない目元の優しさに、キュンと胸奥が疼く。何これ可愛い。片恋慕なんて焦れったいけどやっぱり幸せだなあ、なんてこっ恥ずかしいことを考えてしまうのは、
(こんな顔、向けたお前のせいだから)
可愛い、愛しい。
こんなにも、己を捕えて離さない。
十四郎、と呼んだら彼は怒るだろうか。
十四郎、好きだよ。
そう言ってやったら、こいつはどんな顔をするのだろうか。
それを見てみたいという気持ちは無いわけではなかったけれど、やはり怖い。きっと拒絶し、その灰がかった双眸に侮蔑の色を湛えるであろう彼の反応が、怖くて堪らない。いいじゃないか。『恋人』なんかにならずとも、こうやって肩を並べ杯を重ねることはできる。それだけで、この想いは満たされはしないけど。
まあ今夜は、ハレー彗星並みの頻度で向けられる穏やかな顔に免じて、大人しくしよう。暫く一ヶ月は甘い夢が見られそうだ、と銀時は土方に見えぬよう薄く口角を上げた。此処までは、恐らく俺の理性が何とか均衡を保っていた。

しかし先程大見え切ってはみたけれど純粋無垢な片想い、とはいえ其処は大の男、土方の甘い顔ひとつで肉体的な部分での欲望はむくむくと育っていく。ぶっちゃけてしまえば欲望だらけで、神楽や新八に隠れて一人虚しく抜く夜は言わずもがな相棒は妄想上の土方で、脳内でガンガン突きまくっている。どれほどかというと、毎晩激しく淫らな土方(妄想)がいるおかげで、女を抱きにいこうとも思わなくもないくらいに。いや、本物の土方くんは抱きたいけど。そろそろ妄想じゃ足りないくらいに虚しくなってきた。本人が隣にいるだけで、興奮してくるのが情けない。まあ、お前のこと夜にオカズにしているんだ、と告げたら問答無用で打ち首だろうから、言ったことはないけれど。ただでさえ禁欲的で潔癖そうな雰囲気を纏った土方のことだから、餓鬼みたいな下ネタでも少し憚られる。嫌われ、二度と話しかけてくれなくなるなんてごめんだ。でも、もう。
かなり鬱陶しくて嫌いだけどいざというときは役に立つかもしれない、そんな『万事屋』ポジションでは、居たくない。俺だって、好きなんだてめぇのこと。いけ好かない犬猿の仲ではもう、我慢出来なくなってきた。
好き、好き、好き。
壊れた水道管のように、土方への恋情が勢いよく溢れだして止まらない。今思えば、この時抑えが効かなかったことが最大の敗因なんだろうけれど、あの時の俺に気持ちを持て余した自分を止める術なんて解らなかったんだ。
「なぁ、土方」
「なんだ、万事屋」
普段よりもざらついたうんと甘い、最中のような声を出せば、土方は少したじろいだようにふい、と右を向く。同じ高さにある藍鼠の瞳は想像以上に熱を持っていて、吸い込まれそうだ、と思った。
それに少し苛立って、もう一度なあ、と音を発した。何だってこんなに腹が立ったのか自分でも解らない。でも、共に少し酒を酌み交わしただけで土方の瞳にこんなにも甘やかで熱を孕んだ、その事実にぐつぐつと煮え立つように本気で怒りが沸いて、止まれない。なんで、お前は嫌っている相手にそんな顔を向けられるのか。なんで、無垢な筈の双眸にあからさまに期待の色を湛えているのか。明らかに欲を映すそれに困惑している筈なのに、ドロドロと粘っこくて黒々とした粘液で肺や心臓が満たされてゆくのに、恐ろしく冷静な自分がいた。何だか、他人に己をコントロールされているような、それをただ傍観しているような、そんな。
ただ、くらくらとした酔いに侵された脳髄は酷く意地が悪い感情を加速させていく。

「土方、好きな人がいんだ」
「そうか」
それに流されるままふいにぽつりと洩らした言葉に、自分が一番驚いた。何言ってんの、俺。好きな人なんて目前の土方しかいないわけだけど、今告白する心の準備なんてこれっぽっちもしていない。それだのにうっかりイロイロと駄々洩れてしまって、これからどうしていいのか解らない。どうしたもんかと土方の方を盗み見れば、先程とはうって変わって、ビー玉の装飾品のような瞳を貼りつけた能面は、何の感情も映していなかった。

ショックだった。

自分に想い人がいようと、彼には関係ない。ひた隠しにしてきた己の気持ちがばれている筈がないから、それはつまり、土方にとって銀時が誰を追いかけていようが構わないということで。しかも、片恋慕中で誰かに操立てしているであろう面倒な自分には、色を仕掛ける価値もないという。
そんな土方を俺はずっとずっとひっそり追っていたのか。それは馬鹿らしい独り相撲でしかないけれど、でも、俺だって本気の恋だったんだ。好きで、好きで、苦しいくらいに。
先程の黒くてドロドロとしたものと、胸に空洞ができたような虚しさで感情がごちゃごちゃになって。
これが、最後の別れ道だった。
ここで、いつものような飄々とした声で誤魔化して、笑って帰れば良かった。でも、俺は、このぐちゃぐちゃな思考の示すままに、気付けば、温かな声で自分が惚れた相手を問う土方の右肩をぐいと掴んでこう続けていた。

「ひとつ、提案があるんだけど」
「……よろ、ずや…………?」
自分の問いを無視されたことと強く掴まれた肩の痛みに顔を顰めて、土方が呆けた声を出す。それに意味もなく苛立ったことを誤魔化すように、唇を吊り上げて耳朶に直接ざらついた低音で囁きこんだ。

「俺に、抱かれてみねぇ?」








収拾つかなくなってきたよどうしよう
こんなじめじめした話じゃなかったんです
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