僕、レンアイ初心者なんです。



ああ、眩暈がする。

恋って、こんなに苦いもんだったのか。
恋って、こんなに痛いもんだったのか。
想えば想い焦がれるほど、突き付けられる。
俺は、こんなにも醜い人間だったのか。
こんなにも、浅ましい人間だったのか。
こんなにも、弱い人間だったのか。

俺はまた、恋をした。
人生二度目の恋だった。
きっとこれが、最後の恋なんだろう。







ふええええん、甲高い少女の泣き声が耳に障った。何事か、と書類に筆を走らせていた腕を止め自室を出る。案外近くから聞こえるその声に足早に靴を履いて屯所の敷地内をずんずんと歩きだした。すれば、不意に感じたよく知った気配に足を止め、正門の辺りに目を凝らすと、其処に、困惑した様子の見張りの隊士達と、ひっくひっくと嗚咽を漏らしながらも濡れた瞳を大きく開いて上を見上げた少女。そしてその視線の先には、仮にも武装警察の屯所の塀に躊躇う素振りを一切見せる事無く軽々と乗り上げ、恐らく少女が引っ掛けてしまったのであろう目にも鮮やかな風船を植木からひょいと取り上げる銀髪の男の姿。間違っても、真選組屯所の塀に乗り上げる図太い神経と、ふざけた銀色の頭の持ち主で和洋折衷スタイルの男なんて一人しかいない。おいコラ、せめてちったぁ気後れくらいしろよ。
なんてぼやいてみたところで、一番腹が立つのはそんな男に惚れてしまった自身の趣味の悪さなのだけれど。
「テメェよくもウチの塀をそんな足で踏み荒らしてくれたな」
「あ、多串君じゃん。いやいや今のは明らかに人助けだよね褒められたことだよね!どんだけ心狭いのお前、ていうか、ゴリラの巣ちっと踏んづけたくらいでぐちぐちうるせぇなあ、ゴリラにはいっつも迷惑かけられてんだからこんぐらい罰当たらねーだろ」
「んだと、もっぺん言ってみろや!」
「だから、お宅のゴリラどうにかしろゴリラゴリラ。ゴリラの所為でゴリラが更にゴリラなんだよゴリラ」
「てめぇ何回ゴリラ言ってんだクソがあああ!」
見てくれからもうふざけたクソ天パに近藤さんはゴリラじゃねえ、と最早定番の一つとなったお決まりの台詞を吐けば、いやアレが人間だのどうだの喧しく騒ぎ立てるものだから、とっとと放って巡回に戻ることにした。近藤さんは断じてゴリラではない。人間っぽいゴリラ、ああ間違ったゴリラっぽい人間なだけだ。
あんな出来損ないの相手を一々していたら身が持たない上に時間の無駄だ、なんて粋がってみたところで青臭さが消えるわけでもなく。ただ、ちゃらんぽらんにしているくせ、誰よりも真っ直ぐに、高尚に生きる彼との差は開くばかりだった。

彼は、狡い。

普段は冴えない無精者なくせして、何かを護ろうとするとき、朱墨色の双眸が鋭利な切っ先のように酷く煌めくのを知っている。誰かを自らのテリトリーに近付けるのを嫌うくせして、一度背負った者には底知れない情を持つことも、それでもやはり、見知らぬ誰にでも手を貸してしまうようなお人好しなことも、知っている。
皆、知っている。だから、彼の周囲には人が集まる。マダオだなんだと揶揄いつつも、誰もが彼を慕い、焦がれ、集う。
彼のテリトリーに自分が決して近付けないことも、ましてや隣に立てるとも思っちゃいない。ただ、心底羨ましいのだ、彼を取り巻く人達が。俺には、共に剣を取ることも、笑いあうことも、同じ道を歩むことも許されないから。彼のテリトリーに、近づくことも許されないから。
ふわりと宙に揺れる銀色の本質を知ったのは、いつだったか。
初めは、 近づきたい、と思った。
対等でありたい。それだけを思い、喧嘩を吹っ掛けてばかりいたあの頃。
それはいつしか、余りに一方通行な片恋慕に変貌していった。
虚しく、痛いだけの独り善がりな恋心。恋が、こんなに苦しいなんて知らなかった。
何で、俺を見てくれない。
何で、俺にはその笑みを向けてくれない。

──────嫌われてるからに、決まってんだろ。
(俺も、大概どうかしてる)
精神安定剤替わりの煙草に火を付けて、煙を肺一杯に吸い込む。こうでもしないと、指先の震えが誤魔化せそうになかった。あのキラキラ輝く銀色に出逢った日には、暫くこんな震えが止まらない。

「好き、か」

甘酸っぱい筈のそれは、煙草の苦い味がした。


鬱々とした気分は日が暮れてからも晴れることはなくて、久方ぶりに飲みに出た。行きつけの屋台に着いたとき、無意識の内にあの男の白い着流しを探している己がいて少し嘲笑った。
「あれ、多串君じゃーん、久しぶりじゃねえ?飲も飲も」
屋台の親父に適当に見繕って貰った肴をつまみながらアルコールを煽っていると、いきなりぐっと左肩を掴まれ振り返れば、探していた男の姿。既に幾らか酒を飲んできたのか、屋台の橙に燻った照明で照らされた目元や頬は赤朱に染まっていた。
「んだよ酔っ払ってんのかテメェ、面倒な絡み方してんじゃねえ」
普段よりも増して機嫌の悪い声を絞り出して誤魔化しはしたけど、酔いのせいか、俺には一度だって向けたことのない柔らかな微笑を湛えた万事屋に、キュンと胸奥が疼く。片恋慕なんて苦しいだけなのに、やっぱり焦がれてしまうのは、
(こんな顔、反則だろうが………)
狡い、狡い。
こんなにも、己を捕えて離さない。
銀時、と決して音にすることはないであろう彼の名をこっそり呼ぶ。
銀時、銀時。
それだけで、この想いは満たされる。
何せ今夜は、この笑顔なんて大層なオプション付きだ。暫く一ヶ月は甘い夢が見られそうだ、と土方も薄く口角を上げた。一方的な片想い、とはいえ其処は大の男、勿論肉体的な部分での欲求はある。というか、ぶっちゃけてしまえば大分欲望も大きいもので、一人虚しく抜く夜は言わずもがな相棒は想像上の銀時で、脳内でガンガンやりまくっている。毎晩激しく絶倫な銀時(妄想)がいるおかげで、女を抱こうとも思わないくらいに。お前のこと夜にオカズにしているんだ、と告げたらどういう反応が返って来るのか気になった時もあったが、未だ話したことはない。

「なぁ、土方」
「なんだ、万事屋」
普段よりもうんと甘い銀時の声に思わず頬を弛ませて、ふい、と右を向く。紅藍の瞳の熱に吸い込まれそうだ、と思った。
もう一度、なあ、と発したものだから、また、なんだ、と繰り返した。何だか恋人のような掛け合いみたいで、擽ったい。

「土方、好きな人がいんだ」
「そうか」
恋人みたいだ、と思った罰が当たったのか、銀時がふいにぽつりと洩らした。意外と長い睫毛をアンニュイに伏せた横顔は、思っていた以上に整っていて、ばくばくと胸が高鳴ってゆく。
銀時には、想い人がいる。
誰のものにも、ならないと思っていた彼は彼で、追いかけている人がいて、そんな銀時を俺はずっとずっとひっそり追っていたのか。それは馬鹿らしい独り相撲でしかないけれど、でも、俺だって本気の恋だったんだ。好きで、好きで、苦しいくらいに。
(でも、いいじゃねぇか)
決して縮まることのないその距離を埋めようと足掻くのは、今夜、もう止めにしよう。
きっと、この恋は叶うはずがなくて、叶えていいはずがなかった。目付きの悪い武装警察のナンバーツーと付き合ったって、彼が幸せになれるはずがない。こいつには、何時かうんといい女が現れて、二人睦まじく寄り添って万事屋の子供達と共にうまくやっていくだろう。もしかしたら、銀時が今洩らした「好きな人」がそうなのかもしれない。少し、いやかなり、興味がある。俺が幾ら手を伸ばしても届かない銀色を、こんなに惑わすのは誰なのか。自分が、知っている人なのだろうか。

「それで、テメェが惚れたってどんな奴なんだ?」


じくじく、と胸に巣食った膿を刺すような痛みは、無視した。








続きます
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