Colorful Birthday、1/2




「ほれてる、って好きってことなんでしょう?」
無表情に尋ねた少女の声に瞼を伏せると、ちょうど瞳が合った。何故だろう、この薄空色には嘘がつけない。淡い色素をしているくせ、深層まで突き抜けるような鋭利な視線はおよそ幼子らしくなくて。
「…………」
「うそはついちゃだめ」
嘘、か。きっと己の身体は嘘で固められた醜い黒色をしているに違いない。

「きっと、こうかいするよ」
生きてるときくらいは正直にならないと、後悔するよ
死んでから悔やんだって、おそいんだよ
達観した僧侶のような大人びた口調は、反論することさえ許さなかった。ガキのお前に何が解る、そう言ってやりたかったのに、酷く老成したその少女の言葉は妙に説得力がある。きっと、そのせいだ。こんなくだらないことに頭を悩ますのは。
正直、って何だろうか。俺の本音、って何処だろうか、なんて。
アイツに惚れてんのも、真選組の邪魔となるものは全て叩き斬ると誓ったのも、俺の正直な気持ちだから。勿論叩き斬る方が大きいのだけれど。
「こうかい、しないの?それで」
此方を見透すような声音が耳に障る。後悔なんてするものか、そう言い切ろうとしたのに。最期、きっとこの身が朽ちるとき、何となく、あの銀色を思い出しそうな気がして。恐らくこの先紡ぐことはないであろう銀色の名を、唇から零しそうな気がして。その時もし、もしも、後悔するならば。
「誕生日、」
「……たんじょうび?」
キラキラ輝く銀色がこの世に生まれてきてくれた事に。誰よりも真っ直ぐな魂との出逢いに、人生で二度目の恋が生まれた事に。
一言くらい、言ってやりたかった。
誕生日すら先程まで知らなかったけど、出会い頭に喧嘩するセフレからなんて祝って欲しくもないだろうけれど。
生まれてきてくれてありがとう。
二度目の恋をありがとう。
確かに、幸せだったんだ。切ない、辛い想いの方が大きかったけど銀色を見る度々にキュン、と胸の奥底が疼くのがこの上なく幸せだった。この感情を持っている限り、人間で在れるような気がした。どんなに人を斬っても、殺して、命を奪っても。俺のこの感情は、生きている人間の印だと。何よりも強い真っ直ぐな、護る剣を翳すアイツには遠く及ばないけど。それに、俺がこんな事思っているなんて微塵も知らないだろう。それでいい。でも、
此処にもまだ、お前の誕生を祝ってる奴がいるんだ、って。
一度くらいは祝ってみたかっただなんて、不相応な夢持ってる馬鹿がいるんだ、って。
──────言えないことに、
後悔、するのだろうか。

「確かに、お前の言う通りかもしれねぇ」
でも、
「でもな、とっくに遅かったんだ。俺はアイツを祝っていいような人間じゃないからな」
「じゃあ、あきらめるの?」
何の色も映していなかった冷たいブルーが、少しだけ哀しそうに歪んだ。
「元々、そんなつもりもなかったんだ。だから、これでいい」
これで、いい。最近口癖のようになったそれは、己に対してよく告げるものだ。これでいい、高望みはするな、と戒める為に。
少女は黙したまま些か考えるような素振りを見せて、瞼をぎゅっと瞑っていた。冷たい青藍が見えないその表情は大分に幼くなって。(こうして見たら、愛くるしいガキなのにな)
物静かな淡々とした口調と悟りの境地に行き着いた僧侶のような台詞で、可愛げなんて皆無だけれど。本人が聞いたらあの冷徹な視線で一瞥されそうなことを思っていると、少女は急にベンチから飛び降りて駆け出した。

「何だ、コレ」
「秋桜」
そんな事見ても解らないかと言わんばかりの氷点下の表情に口元を引き攣らせた土方は、そうじゃねぇ、と頭を振る。
「だから、どうしろってんだコレを」
ぐい、と乱暴に差し出された一輪の花と少女の顔を見比べてそう告げた。というか、その前にこの花勝手に採って来て良いのだろうか。公園の花壇に咲いてた奴だろ、それ。そもそも明らかに植えられてた公共物だろ。公務員にひき千切った公共物差し出す勇気に免じて見逃してやるけど。
「たんじょうび」
はあ、と疑問を込めた嘆息に少女は眉根を寄せて、強めにもう一度告げた。
「ぷれぜんと、好きなひとに」
「………俺が?」
他に誰がいるんだ、ってもうこの少女の言いたいことは言葉がなくても理解するようになったが。これを、アイツに、渡せと?
無理だな、即答した俺に構うことなく少女は先程買ったまま飲み残していた缶コーヒーを手に取りまた何処かへ駆けてゆく。また、声をかける暇さえ無かった。
数分程経っただろうか、少女はまた小走りに戻って来た。右手にはさっき手折った秋桜、左には水滴が滴る珈琲の缶を握っていた。
「お前、珈琲は、中身?」
「すてた」
一切悪びれることもなく言い切った少女に、一瞬小憎たらしい栗色が過った。気にする風もなく、少女は濡れた空缶に花をそっと挿し入れた。
「ほら、」
きれい、そう呟いた少女に釣られて其方を見上げた。少女は、腕いっぱい伸ばして缶を持ち上げていた。花を挿し込んだ指先が濡れていたのか、淡色の花弁に乗った雫と薄青の空、そして青藍の双眸に光が乱反射して確かに綺麗だった。薄い朱紫色の秋桜と秋空の白藍が溶け合った丹碧は、ほらこんなにも美しいだろう。花弁に滴れた一滴がそう呟いた気がした。

「ありがとよ」
暫くそうして動きを止めたまま魅入っていた少女から、缶を受け取ることにした俺はひっそりと声を潜めて呟いたのだが届いたのだろう、声を立てて笑った後此方に手渡した。
馬鹿、みてぇ
ほんと、馬っ鹿じゃねぇの
先刻とよく似た自嘲の言葉を繰り返して俺も笑った。

意外とでも言うように少女が少し瞳を見開いて瞬いた。立ち上がって、高い秋空に目を細める。眩しい銀黄に自然と口角が上がるのが解って、そのまま歩きだした。厄介な部下を捜し出す前に少し寄り道をしてみようか。
「じゃあな」
少女をベンチに残して後ろ手に振る。
「ばいばい、」
あの少女には似つかわしくない小さな小さな声が聞こえた気がした。
ジャリ、と砂を踏みしめて公園を出る一歩手前振り返ると、其処には誰も居なかった。




暦も十月を迎えれば日が落ちるのが早い。夕陽の和かい朱墨色は優しく路を照らし、古びた万事屋の看板がいかにも情感が漂っているように見えて少し笑った。カン、カン、と錆びれた二階への階段を昇ってゆく。アルコールに些か酩酊した身体に、冷たい秋風が心地よい。毎年従業員の子供達が企画してくれるささやかな誕生会は面映ゆくて堪らない。この歳になって誕生日が嬉しいわけでもないし、寧ろ加齢するよりはずっと少年のままでいたい、なんて。自分も大分老けたものだと引き戸を開けようとして、一瞬何かがキラリと光った。よくよく目を凝らしてみれば、足元に、缶が一つ。全く誰かの悪戯かと嘆息して、放置しておくのもエコロジー精神に反するかと拾い上げた。燃えるゴミの日にジャンプ出すけど。
「え、花?」
手に取り初めて気付いた、缶に挿された淡い花。くるりと身体ごと反転して墨色に染まりゆく夕陽に透かした。風に揺れる、秋桜。見覚えのある、缶コーヒーのパッケージ。記憶が正しければシンプルなそれは、ひっそり片恋慕中の目付きの悪い副長さんが愛飲しているもので。もしかして、もしかするとこれは、
「期待、しちゃってもいいのかね」

誕生日、プレゼント。

全く素直じゃない副長さんの、精一杯のプレゼント。誕生日の贈り物なんて割と顔が広い所為か、歌舞伎町で馴染みに沢山貰ったけれど。
「やべぇ、嬉しいかも……」
綺麗に洗われた缶コーヒーに秋桜、なんて。キュン、と胸に響いた。 なんか色々と、やばい。
酷く熱い頬が朱に染まったのは夕陽のせい、だなんてまた一歩三十路に近づいた男がそんなこっ恥ずかしいことを考えてしまうくらいには。
「………完敗だわ、こりゃ」
うん、俺の敗け、もう一度そう呟いて暮れた秋空を仰ぎ見る。小さな橙の淡い光に、墨を流したような薄い雲と一輪の秋桜が浮かび上がって、酷く綺麗だと思った。






(Colorful Birthday、1/2)


ほら、世界にはこんなにも色が溢れている。

そんな、半日。



これは、銀誕でいいんでしょうか?本人殆どいませんが。
タイトルだけでも祝ってる気になりたいじゃないですか……!
というか、最近諸々と銀土に夢見すぎなのは自覚済みです(苦)

20111010
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