Colorful Birthday、1/2




「天高く馬肥ゆる秋、か」

一人ごちて見上げた秋空は成程高くて、何処か遠い果てまで雄大に広がっていた。まるで手を伸ばすのが、馬鹿らしくなるほどに。
大昔、異国の詩人が詠った余りにも有名な詞の響きは、秋という季節の讃歌というよりは自らを律するものがあって。四書五経を読むほど学なんて無かったが、兵書は酷い跡が残ってしまうくらいに愛読していたのは強く記憶している。馬肥ゆる秋には気を付けよ、なんて。ロケットで宇宙を旅する今の時代にテロ活動なんぞ、季節も何も無いだろうけれど。いつもこんな空を見てしまうと、無意識に背筋の伸びる己に嘲笑いたくなって、もう古き侍の世とは違うのだとまざまざと突き付けられる哀愁に襲われて、もう駄目だった。何よりも、そんな時代を終わらせた幕府の人間、という矛盾が一番苦しかったから。
……些かプラトニックな気分でいるらしい自身にひとつ嘆息を洩らして、土方は歩きだした。


商店街の真中で騒いでいた市民の小競り合いを抑えていたうちに栗色の部下は姿を消していた。市中を巡回する度に毎回あれやこれやと手を変え決まって逃げ出すものだから、今更怒りを覚える程の気力は残っていない。今頃何処かのベンチで惰眠を貪るか甘味屋で堂々と不当な休憩時間を謳歌しているであろうサボリ魔を回収せねば、と当りをつけて再び歩を進めた。幾つか検討のつく場所はあるものの、日々潜伏先を転々と変えてゆくものだから巡回時間内に見つけられる保証もない。畜生、総悟め。やっぱ屯所に帰ったら二、三発あの澄ました横っ面に拳を入れてやる。
なんて息巻いてみたところで、日々書類整理に勤しむ土方にとって、かくれんぼのような部下とのパトロールは息抜きに近いのは事実なのだけれど。そんな土方の内情を知りながら大いに活用している、ある意味本人よりも土方のことを見抜いているであろう彼を捜しに街中を駆け回った。

幾分か冷気を乗せた秋風に、天頂から少し斜に照らす暖かな陽射し。大分秋も深まったとはいえ、真昼からこれだけ歩き回れば、国家権力の象徴でもある漆黒のジャッケットはたっぷりと陽光を浴び、首筋が汗ばむほどだった。もうほとんど思い付く場所には行き尽くした、残りは今いる此処から程近い所にある歌舞伎町の甘味屋。歌舞伎町、そして甘味屋、その二つのワードで脳内に浮かぶのは小憎たらしい部下よりも、あのへらりと緩い笑みを浮かべたあの男の方だったけれど。
逢いたくない、
逢いたい、
でも逢いたくない。
片恋慕する乙女か、なんてツッコミをするもその喩えは強ち間違ってはいない気がして何だか恥ずかしい。先程まで異国の故事を思い起こさせた遠く広がる薄いブルーに、男心と秋の空なんて言葉が浮かんだ自身が酷く恨めしかった。

「………チッ」
「あれ、副長さん一人?」

甘味屋の暖簾をくぐると、やはり其処には鈍く光る銀色がいた。居たらいいのに、なんて奥底に仄かな期待を抱いた自分へと無意識に込み上げた嫌悪感に舌を打った。もっさもさと童子のように団子を頬張っていた彼は、恐らく己への嫌がらせが通常営業しているとでも思っているのだろうけれど。それでも、構わない。否、そうでなくては困る。最近、ちょっとした間違いで身体を重ねるようになってしまった。そもそもの原因が酒の呑み比べで酔いつぶれた、なんて我ながら情けないが女でもあるまいし精々犬に噛まれたとでも思えば問題ない。俺が下だったというのが納得いかないけれど。異議あり、と呈したくなるのはこの上ないもののあいつに突っ込めと言われて出来るかは定かでない。てか多分無理。そんな一夜の間違いを何故かずるずると引き摺り、月に一度あるかないか、そんな頻度でもって寂れた安宿で抱き合うようになり。だからといって、特段恋人のような甘ったるさが在るわけでもない、往来で年甲斐もなく怒鳴りあう犬猿の仲は健全で、以前と変わらないドライな関係が続いているのだけれど。

「まーた総一郎くんに逃げられたの?鬼の副長さんもまだまだ甘えよな」
「うっせぇ、俺の所為じゃねーっての」
「そんな可哀想な副長さんに団子奢らせてやるよ」
「黙れ、どさくさ紛れにたかってんじゃねえよ!腹立つなその上から目線」
こんな風に、軽口を叩きあうのが。
「しっかし公務員も大変だよなあ、またこんなに隈作ってさぁ」
時折、柄にも無い、優しく触れる温かな指先が。

恋しい、なんて。


「銀ちゃん、もう何処行ってたアルかっ?」
突然の大声に勢いよく振り向くと、暖簾には明るい桜色の頭が目に入った。万事屋の従業員か、と気付いたときには、
「あー悪ぃ悪ぃ、だってよ今日来たら一皿はまけてくれるっつうからさ」
そう頭を掻きながら腰を上げた彼は暖簾をくぐってゆく小さな後ろ姿になっていて。
「銀さん、早くしないと姉上が……もう、パーティーの主役が居なくなってどうするんですか!」
「は、パーティー?」
俺の訝しげな視線が届いたのか、あれ土方さんじゃないですか、と。
そして、
「今日は、銀さんの誕生日なんですよ」
早く来いヨ駄目鏡が、なんてどやされて慌ただしく三人が視界から消えてゆくのを、ただゆっくりと見送った。

馬っ鹿、じゃねぇの。

何とはなしに、ただそれだけを呟いて。
温かな湯気を立てる湯呑みを一瞥して、先程の彼らと同じように暖簾をくぐり騒がしい通りを抜けて行った。


「はぁ、」
何に対する溜息なのかは自分でもよく解らない。恐らく殆どは仕事時間の大部分を休憩に費やしている馬鹿隊長の部下の所為だとは思う。残りは何だと訊かれても応えられない気もするけれど。
此処、歌舞伎町の外れにある公園の薄汚れたベンチに腰掛け缶コーヒーを手にして一服。傍から見たら、己もあの自分への嫌がらせを生き甲斐とするサボリ魔部下と同様に見えるのかもしれない。知るか。こちとら上にも下にもフォローで働き詰めで疲れてんだコンチクショウ。労働基準法なんて無いに等しいんだよ。
秋にも関わらず、紅葉よりも鮮やかに色とりどりの花が咲き乱れている花壇は、余程丁寧に手入れされているのか愛らしい花弁に朝露のような水滴が乗っている。呑み終えた缶コーヒーを傍に置き、ぼうっとそれを見つめていた時のことだった。
「ね、お兄ちゃん」
鈴を転がしたような、丸みを帯びたソプラノに、はっと下を見てみれば。大きな瞳を縁取る長い睫毛がぱちぱちと瞬く。切り揃えられた黒髪に真白な肌は、最近拝む機会のめっきり減った和製人形を思い起こさせる。しかしながら、少女の瞳だけは何処ぞのチャイナ娘のような青藍、真っ直ぐな色は存分に幼さを纏ってにこやかに此方を見上げていた。
「何の、ようだ」
小さな女の子に話し掛けられる機会などほぼ皆無に等しくて、どう接していいのかよく解らない。普段疎ましいほど近づいてくる女のあしらい方なら自信があるのに、と口唇をややへの字に曲げてそんなことを思う。
「ため息ついたらね、しあわせが逃げちゃうんだよ?」
よいしょ、と声を上げて古びたベンチによじ登った少女の突拍子もない台詞に愕いて煙草の灰をぽろりと落とした。見つめたブルーは、澄みきった秋空に溶けてしまいそうなほどでただ綺麗だった。

「どこか、くるしいの?」
少女の双眸は己には無垢過ぎていて、別に、と目を背けて返したいらえは酷く冷たい響きで虚空に散った。
「じゃあ、当ててあげよっか、あのね……そう、きっとここが苦しいんでしょ」
素っ気ない土方の態度を気にする風もなく、きっちりと隊服を着込んだ土方の左胸に手を伸ばす。至って自然に伸ばされたものだから、反応が遅れた。
「っ、おい!」
てめえ何してやがる、と続けた言葉に威厳の欠片もなく、困惑したようにそっと、伸ばされた小さな腕を掴んだ。
「ここがくるしいんでしょう?」
「俺は、別に」
「じゃあ、なんでそんな顔しているの?」
両頬を包みこまれた。
今度は何も反応できなかった辺り、大分目前の少女に毒されているのだろう。しかし、両頬に寄せられた冷たい体温は歩き疲れて火照った身体に心地よかった。
だから、だろうか。
「何も、ねぇけど」
「うん」
「ちょっと、疲れただけだ」
「うん」
「サボった部下追いかけて、逢いたくねえ奴に出逢って、」
「うん」
ただ、首肯するだけの少女に、何も関係のないたった今出会ったばかりの年端もいかない幼い彼女に、こんなこと、話してしまうのは。全く、鬼の副長もざまあねぇな。
「逢いたくねえのに、顔見たら何か嬉しいんだ」
「うん」
「理由なんて、解っちゃいるけど認めるわけにゃいかねぇ」
「うん」
認め、られない。
この想いは、誰にも認められない。
アイツにも、周りにも、そして己にも。
「俺は真選組があるから、認めたら駄目なんだ」
「うん」
「俺は捨てなきゃならねぇんだ」
「うん」
「沢山、今まで人だろうが何だろうがぶった斬ってきたんだ、こんなガキみてーな感情、今にだって、」
捨ててやる。
ずっとずっと、言い聞かせてきたこと。自分に、言い含めてきたこと。こんなモノは身分不相応にも程があるだろう、って。
「こんな浮ついた気持ち持っていていいような人間じゃねぇ」
「じゃあすてちゃえばいいじゃない」
今まで相槌だけを紡いでいた少女の台詞に、目を反らす。
「俺だって捨ててぇよ」
それが出来たら、どんなに楽なのだろう。きっと、こんなモノ一思いに斬り捨ててしまった方が幸せになれるに違いない。

「でも、惚れてんだ」
少女に思わず乗せられてポロリと洩れた言葉は、擽ったいくらいに甘やかな響きを纏っていた。


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