甘やかな両頬にくちづけを



そんな捨て台詞を残して猛然と去っていった神楽を、普段は鋭い眼光を放つ双眸を幼子のようにまん丸に開いて見送った土方。
その顔何か可愛いななんて鼻を押さえる。何この顔、何だか股間にキュンって来ましたズキューンて撃ち抜かれました。新八いるのにうっかりムラムラ来てどうしたもんかと、思案していると土方はガタリとソファーから立ち上がり一目散に玄関へと吸い込まれるように消えていった。
「あれ?土方くん何処行ったの」
「銀さんが不埒な瞳で土方さん見たから愛想尽かされたんじゃないですか」



万事屋を勢いよく飛び出し、年季の入った階段を一足飛ばして駆け抜ける。早く、あの子を見つけださないと。心はそう身体を急かしていたが、不思議と思考は冷静に居場所を導きだしていて。そう接点があったわけでもない、何処へ向けて走っていたのかなんて見当つかないはずだけれど。しかし、二週間前に見たあの光景を、虹彩は焼き付いて離さない。もし、其処に彼女が居たら。その時は、─────


「何で此処が解ったアルか?」
明るい桃色の髪をそよぐ秋風に揺らして、ちらほらと生えた薄と一面の緑色に囲まれた中に、彼女は居た。歌舞伎町の外れで流れる大きな河原の土手に腰を下ろして、きらきらと真上から浴びた陽光を反射して輝く水面を見つめていた。夜兎の本能なのか俺の気配を正確に察知して、残り五メートル程まで近づいたとき神楽はそう静かに尋ねた。
「何となく、じゃねえけど。二週間くらい前、万事屋三人で此処いたの見かけたからよ」
「そっか」
話しかけられた、ということは近づいても構わないのだろうかとそろそろ足を進め隣に同じように腰掛ける。ただただ真っ直ぐに水面を見つめた彼女の横顔は年不相応に大人びていて、何故か栗髪を揺らして不敵に笑う幼なじみ兼部下の顔を連想させた。
「その、話があるんだ」
此処でなら、言えるような気がしていた。きっと一生忘れられないであろうあの景色と、己は今同じ場所にいるのだから。
「俺と、銀時は付き合ってんだ」
彼女は何も応えない。けれども、僅かに揺れた髪飾りが頷いているようで、相槌を打っているようで。
「少し前に、あいつと飲んでるときに告白されて」
最初は、酔った酒の冗談だと信じ込んでいた。ふざけるな、と怒鳴りつけようと思った。だって、本当に惚れていたのは俺の方だったから。人生二度目の恋はどうしても斬り捨てられなくて、それならば死ぬまで心の中でひっそりと想い続けようと固く誓った俺を踏躙することだったから。しかし、酔っ払いの筈の銀時の瞳は存外真摯な色を湛えていて。
「本当は、断ろうと思ってた。真選組の鬼が、色恋に走るなんざあってはならねえ。それに、沢山大事なものを抱えた真っ直ぐなあいつは、俺には眩しすぎたから」
左隣の小さな彼女が困惑の表情を浮かべているであろうことは、容易に想像できた。確かに、自分にはこんな台詞似合わないだろう。でも、言わなきゃならねぇんだ。あいつのように、伝えなきゃ、
「ずっとずっと惚れてた。町で会う度々にくだらねえ喧嘩ばっかしてたから、お前には信じて貰えねぇかもしんねえが……」
「そんなの、とっくに解ってたアルよ」
小さく、隣に居なければ気付かない程に小さく、神楽は呟いた。
「三ヶ月前から銀ちゃんの様子が変だった。何かおかしい、って思ってずっと見てたら銀ちゃんマヨラ見つける度に少し嬉しそうな顔してたヨ」
夜度々家を抜けることが多くなり、今までよりずっとずっと銀ちゃんは幸せそうによく笑った。
「悔しかった。やっぱり何も言ってくれない銀ちゃんも、そんなに簡単に銀ちゃんを捕まえられるマヨラも」
どうでもいいことばかりペラペラと喋るくせに、いつもそうだった。大事なことは何も話してくれなくて。
「悔しいアル。時々そうやって、銀ちゃんは遠くへ行ってしまうのが。私がどんなに手を伸ばしても届かない処へ」
そう告げて、膝頭をぎゅっと抱え込んで目を伏せる。
ああ、彼女は不安だったのだ。飄々として何物にも縛られない自由な魂を持つ男だから、遠くへ行ってしまうんじゃないか、って。
「違ぇよ」
なら、教えてやればいい。あの男がどれほど家族を大切に思っているか。
「確かに、俺達は恋人同士だ。だが、互いに譲れないものがあんだよ」
神楽が、顔を此方に向ける。
「俺に真選組があるように、あいつは家族の笑顔が大切なんだ。俺が真選組を護る為に死ぬとしてもあいつが止められないように、俺は大事なものを護ろうとして死んだあいつを責められねぇんだ」
不毛だろう?でも、俺達には護らなきゃならねぇもんを沢山背負い過ぎたんだ。
「……じゃあマヨラは銀ちゃんが死んでも哀しくないアルか?」
「哀しいだろうな」
なら、何でと形の良い眉根を寄せた彼女の頭に、そっと手を乗せた。
「お前も俺も、命張って護らなきゃならねぇ大切な家族がいる。互いに、いつ死ぬとも知らねぇ身だ。でも、それなら今を精一杯愛して生きりゃ良い。もしどちらかが居なくなったとしても、愛し合った記憶は無くならないだろう?」
って、銀時が言ったんだと告げると神楽は驚いたようにぱちぱちと睫毛を瞬せた。
「銀ちゃんがそんなこと言ったアルか?」
「ああ。それで俺は、」



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