甘やかな両頬にくちづけを



何処へ出かけようか、とはしゃぐ目前の子供達に悪い気はしない。流石に遊園地なんぞには連れて行ってやれないが、最近オープンしたというデパートでただ飯、否試食巡りやら整備が入り遊具が新設された公園でまったり散歩と洒落込むのもいい。そう言えばこんな風に過ごすのも久方ぶりだ、ふわりと口元に笑みを浮かべてそんな余韻に浸っていたときだった。

何の前触れも無かった。
ガラリ、勢いよく玄関の引き戸が開かれ、ずかずかと遠慮容赦無く古床を踏みならして奴はやって来た。
「え?」
一つの空間を共有していた四人が、異口ながらも一寸ずれる事無く同じ母音を発した。
各々の脳内において様々な疑問が光速でシナプスを駈け抜けてゆく。ビーン、と細い絹糸が張り詰めたような緊張を大分に含んだ静寂を打ち破ったのは、感情に任せガシガシと頭を掻いた一応此処万事屋の主だった。
「……えっと、何でおめぇがいんの?」



唐突に我が家へと不法侵入してきた男は、本来それを取り締まるべき立場にいるはずの人物で。恐らく直前まで仕事をしていたのだろう、些か疲労の滲む表情と普段は一寸の隙さえ見せず着こなす隊服に皺が寄っているのに知らず心が痛む。いや、こいつ三日前の約束も土壇場でキャンセルしやがったけど!今もアポ無し訪問で、そもそも体力勝負の武装警察に身を置くくせに体調管理さえろくに出来ないこの男に落ち度がある事は十二分に理解している。怒りはすれども同情してやる余地なんて欠片もない、偶には恋人を構えと目前のワーカーホリックに怒鳴りつけてもきっと、恐らく自分は正しい。しかし、銀時は呆れたように嘆息すると棒の如く突っ立ったまま一切動作を見せない恋人にガシガシと頭を掻き毟り一言座るように告げた。

「あの、銀さん…………」
うん、解るよ。何で土方いるんですか、ってね、そこんとこ俺も存じてねえけどそもそも何故に此処に当たり前のように存在してるか、ってところから疑問だよね。俺も当たり前のように坐らせたけどよくよく考えてみりゃ俺達の関係、全くもってお前ら知らなかったもんな。悪いなぱっつぁん、自分家でこんなにも肩身の狭い思いさせて。大丈夫、もう少しの辛抱だから。
新八の漏らした疑問に視線だけで応えると、頼みますよ銀さん僕ら取り敢えず今のところは何も聞きませんから、と同じように返された。何て大人なんだ。銀さん、お前の成長っぷりに涙出そう。その前にこの居心地の悪さに。

「何でニコチンマヨラがいるアルか」
そんな折、新八と自分の会話をまるっきり無視するような疎ましげなオーラを左隣からひしひしと感じた。此方にも伝わって来る程の敵意をもってして土方に向けられた胡散げな視線に、内心冷や汗が走る。
「か…神楽ちゃん…!きっと、そう、あれですよあれ、依頼持って来てくれたんだよ多分うんきっとほら!」
「何でそこでマヨラが来るネ、銀ちゃんと仲悪いくせに。仕事なら大将のゴリラが来るのが筋ってもんじゃねーのかヨ」
新八の涙ぐましいフォローもはねのけ、普段よりも数倍横暴な態度と首の曲げっぷりにおろおろと立ち往生するしかない。
ごめん、土方。俺じゃ助けてやれねえよ!
向かい側のソファーで浅く腰掛けた土方に謝罪しつつじっと見つめる。そもそも、こいつは万事屋くんだりまで何しに足運んだんだ?

「今日は、」
各々の思考回路に疑問を突っ込むだけ突っ込んで一言も発さなかった彼が、漸くその鉛のように重い口唇を開いた。


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