三行半のLoveletter



「そうそう、上手ですよ」
松陽の個人講義は開始から一月を迎えようとしていた。真夏特有の照りつけるような陽射しは、気付けば涼やかな秋風を運ぶ和かなそれへと形を変えていた。中庭の木陰で木漏れ日を浴びながら堂々とサボりを謳歌していたのと同一のそれとは考えられないくらい、そこでは必死に机にかじり付く銀時の姿に松陽はくすりと微笑を零す。日々机を並べ松陽の教えを請う同級の塾生達へと追い付くべく、戦にでも赴くように闘志を漲らせた彼には、教え子らがまことしやかに噂するよう確かに鬼気迫る迫力を感じさせるものがあったのだが。
────どうしても、負けず嫌いで意地っ張りな可愛らしい少年にしか見えない。
これが贔屓目でしょうか、と一人ごちた彼の目前をピシャリと白が覆い隠した。
「おい、これで文句ねぇだろ!」
風を切る音が聞こえてきそうな程の勢いで持って突き付けられたのは、ほんの今まで一向に文字をしたためられた真白の半紙。いろはに、と続けられたそれは一ヶ月前まで筆すらまともに握れなかった彼からすれば大分に満足できる成長ぶりであったが、松陽は些か眉根を寄せながらも笑みを浮かべて、
「駄目ですよ、銀時。こんな字で私が許すとでも思ったんですか」
「いや十分だろこれだけ書けりゃ!つかおれすごくね?一ヶ月でこれってすごくね?」
かな文字は全て書けるのだから、と胸を張る目前の少年に松陽は一切の慈悲を与える間もなく、
「かな文字は女性の字だと言われてましたけどね。私自身は馬鹿馬鹿しいと思いますが、しかし漢字が読み書き出来なければ皆と同様の授業にはついてこられませんよ」

ただ、私が言いたいのはそんなことじゃないんです。と。
「字がその人の人格を表すとはよく言ったもので、書を見れば大方人のことなんて解ります。何も王義之のように達筆になれ、とは言いません。ただ、己に恥じない字を書きなさい。己に真っ直ぐな字を書きなさい。あなたが恥じない生き方をするように、真っ直ぐな魂を通すように」

そうすれば、世の中大体上手く生きてゆけます、と。

「銀時の字はきっと……そうですね、真っ直ぐで曇りがなくて優しいものでしょうね」

漢字を書けるようになったら、銀時の書でも居間に飾りましょう、と。

「言葉が上手くなくても、少なくとも、字で伝わるものだって沢山あるんですよ」

だから、今日は恋文の練習でもしてみましょうか、と。

「さあ、新しい紙を出して、書いてみてください。きっと将来、自分でも驚くくらい大好きな人が出来ますから、その人に宛てて」

胸いっぱいの愛を込めて書くんですよ、と。

確かに、師は言った。

好きな人なんかできない、なんてデジャブを感じつつ遠吠えてみようと思ったのだが、存外師の親愛に満ちた双眸に挫かれてしまって。仕方なく、筆先に墨を含ませた───────







『 おれはおまえがだいすきだ。あいっていうきもちはまだわかんねえけど、でもこれをわたすときにはきっとわかるんだろう。
おれのだいすきなひとへ 』

残暑の強く残る長月の昼下り、武装警察の屯所の一角で、皺だらけの半紙を掌に乗せピクピクと米神を引きつらせた副長の姿があった。真選組の、況してや己に届く郵便物なんてろくなものではなく、悪戯は言うまでもなく脅迫文にテロ予告などがざらで。だから、今更小汚いラブレターもどきが届いたって何も驚くことなど無いのだが。つい、宛名の角に書かれた差出人に気が緩んでいたのだろうか。
しかし、達筆ながらも自由で飄々とした独特の書体はかなり見覚えがある。記憶が正しければ、それは違うことなく差出人と同一の己とうっかり恋人なんて関係の男の書く字だ。あまり目にする機会は無けれど、それだけにあの男自身を描くような真っ直ぐでいて固定概念に囚われない奔放なそれは、瞳の奥に焼き付いて離れない。
自分には、決して描けない流麗な線が。
ということはこの薄汚れた恋文も彼からの物だろうか。所々墨が薄くなっている上に紙も傷んでいる。どことなく好奇心に駆られて、土方は半ば無意識の内に自身の携帯電話の発信ボタンに指をかけていた。

『もしもーし、はい万事屋銀ちゃんでーす』
軽く二週間ぶりに聞いたあいつの声は、電話のせいか些か別人のようで鼓動が速まる。
「俺だ」
そう言えば振り返ってみると自分から電話したことなど記憶に皆無で、変に緊張して声が擦れた。初めて彼女ん家にかける中学生か俺は。……なんて自身にツッコんだ己が居たたまれなかった。
『俺って誰ですかオレオレ詐欺なら────』
「じゃあな」
『ちょちょ待ってプリーズごめんなさいマジで話し合おう!一回話し合おう!切らないでくださいお願いします』
「うるせぇ電話で叫ぶな」
自分からかけたくせ、初っぱなから切ろうとする傲慢な手法に下心があったことは否めない。
きっとあいつは、引き止めてくれる、って。
『どうしたの珍しいじゃん土方くんから電話なんて、何かあったの?』
「てめえが変なもん寄越すからだろうが」
『え?何かあげたっけ俺が……てか二週間逢ってねえってのにあーもう土方くん今すぐ逢いてぇし抱きたいわ、やっぱ今のナシで!』
くるくると相変わらず良く回る舌に思わず口角が上がるのを感じた。やはり、奴と話しているときが一番楽しい、だなんて。絶対に言ってはやらないけれど。
『あげた?寄越した?送った……?あー!思い出した俺のラブレター!』
「そうだ」
『うんうん、そろそろ着く頃かなあって思ってたところだったんだ』
「いや完全に忘れてただろ」
『その辺は置いとくとして、どうだった?伝わった?』
「何がだ」
『何って……俺の愛?』
何で疑問なんだ、と呟きつつ黄ばんだ半紙を畳に広げた。
『それさあ、俺が先生に拾われた結構最初らへんに書いたんだよね。ずっと読み書き出来ねぇで教えて貰ってさ』
過去の銀時からの、手紙。
滅多に過去を匂わせることのしない男の言葉に、ごくりと息を呑む。
『何か今考えたらおかしな人で、いろはを書かせたと思ったら将来好きになる人に恋文書け、って言い出してよ』
愉しげな口調に滲む何処か寂しげな情感に、下唇をきつく噛み締める。
『その頃の俺っていえば愛なんて感情から知らなかったわけだけど、どうにかそれ書いて。そっから必死に読み書きの練習したんだよね』
幼い銀時はどんな子供だったのだろう。あんなに優しい男が、愛を知らないなんて想像も出来ない。
『絶対恋愛とかしねえとか強がってたけど、やっぱ出会っちゃうもんなのかね。なんか久方ぶりに押し入れからそれ発見してさぁ、つい土方くんに送っちゃったわけ』
「………何で三行半なんだ」
黙っていたら永遠に口を開いていそうだからなんて言い訳して、ポツリとそれだけをどうにか零した。
『あ、それ書いたとき先生にも言われたわ。流石土方くん!あ、でも離縁状とかじゃないから!土方くんとは絶対別れてやんねーよ』
何処か必死な彼に苦笑して、たりめーだ、とだけ通話口に囁き込んでパカリと閉じた携帯を文机に置く。
十数年越しに届けられた銀時少年からの愛らしい三行半の恋文を大事に引き出しに仕舞う。
いじらしい銀時少年に免じて、偶には素直になってやるかと滅多に使わない便箋を取り出す。小筆に幾分か墨を滲ませて、整った几帳面な字でさらりと筆を運ばせた。





(三行半のloveletter)




胸いっぱいの愛を込めて、あなたへ




私の携帯では三行半、なんです。
20110915
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