炭酸ラムネと扇風機とふたり



ゴォ──ン、ゴォ──ン、と。
除夜の鐘にも似たその音色は、嫌に耳朶に残った。何故だか酷い苦味を感じて、煙草のフィルターをぎりりと噛み締めた。この苦さは煙草のもたらすそれと全く異質のもので。そもそも近藤その他周囲の懇願にも似た勧めによって比較的濃度の低いものに替えさせられたため、咥えた煙草からは苦味どころか何処か物足りなさまで感じる。

何故、なんて決りきっているのに。今更解らない振りなどして逃げ切れるとは微塵も思っていないが、しかし。今年は例年にもまして一層酷い。その唯一の原因たる、あのへらりとした銀色がふと浮かんで、土方は紫煙を吐き出すと口元を歪めて嘲笑った。

『…………此方三番隊、異常ありません』
『…………此方十番隊、異常なしです』
『…………此方一番隊、もぐもぐ、不審物発見直ちに回収しやした』
無線で部下から寄せられた定期報告に、引き続き警戒頼む、と告げようとして土方ははたと思い止まった。
今、何か変なの混じってなかったか?異常無しという言葉に安心したのも束の間、聞き慣れた厄介なドエス隊長の物騒な報告と共にこの場ではあり得ない効果音を捉えて、土方は嘆息混じりに無線を手に取った。
「おい、一番隊もう一度報告してみろ」
『……ついに耳遠くなりやしたか、んんモグそのまま老衰して死ね土方コノヤロー、不審物発見したので責任持って没収しやした、ゴクッ』
「テメェわざとかアアアア、思っくそ没収したブツ食ってんだろうが!まさか一般市民から食い物強奪したんじゃねぇだろうな」
『………人聞き悪いこと言わねぇでくださいよ、ただこのクソ暑い時にガキが生意気にも肉まん頬張ってたんで没収しただけでィ』

他人の物は俺が有難く貰い受け、土方の物は問答無用で俺の物でさぁ、といっそ清々しいまでのジャイアニズムを披露したドエス皇子に最早怒鳴りつける気力が土方には残っておらず、ノイズに混じって微かに耳に届く、恐らく大魔王に餌食にされたであろう哀れな子供の泣き声に胸が痛むばかりで。ああまた苦情来るなと、小憎らしい栗頭に取り敢えず拳骨を食らわす事を決意した。

無線を戻し溜息を一つ吐く。そんなに溜息してたら不幸になっちゃうよ、なんてあの男が冗談混じりの声音で、しかし何処か瞳は真面目な色を灯してのたまったのは何時だったか。
気付けばふわふわとした銀色ばかり追いかけている己がいて、
「くそっ」

────今日は、間違うわけにはいかない。くだらない思考に囚われている暇など自分にはこれっぽっちも無い。
本日八月十五日は、国にさえも見捨てられた誇り高き志士達が、敗けた日なのだ。
天人共にとっては忌々しいだけでしかない永い戦が終結した、今日というこの日を弔うとは名ばかりの式典か執り行われており、戦争を経験した攘夷志士の報復テロを防ぐ為に今、己は此処に立っているのだから。反逆を一切許さない威圧な雰囲気を纏った天人の隣に座る、反して何処か弱々しい幕臣の、末端とは言うもののその一部として。激昂した攘夷志士らが刀を振り上げようものなら、一閃して斬り捨てる迄だ。それが、それこそが、己の選んだ道であるから。
天人の手によって文明は開き、近代化が進んだといえど人々の奥底では、最後まで刀を振り祖国を護ろうとした攘夷志士がどう映っているかなんてとうの昔から知っている。現に、一般市民の参加を容されたこのセレモニーで人々は俯き、拳を固く握っている者も少なくはない。
例え旧き英雄だとしても関係ねぇ、と昨夜隊士共に告げた己の台詞は強がりにも聞こえなくはなかったけれど。下唇をぐっと噛み締める。しかし、やはり自分は今の己を後悔することは無いのだろう。












八月十五日に向けて連載していきます
20110811
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -