僕の額と君の体温が触れあったとき




「おおお、多串君っ?」
惨めに背中をほんの少し丸めて階段をこつんこつんと昇っていると、今最も聴きたくなかった声。土方は左手に下げていた今となっては贖罪の品である甘味が詰まった袋を慌てて玄関の前に放ると、勢いよく階段を降りようとして
「な──あにやってんのかな、多串君は。ほら、こっちにおいで」
銀色の男に捕まった。
やめろてめぇ離しやがれ、なんて俺の抵抗も虚しく、がっちりと腕を掴んだまま離さない。やはり怒っているのだろう、最早ここまで来れば菓子など渡さない方が良いかもしれない。まるで言い訳のようなそれは、くしゃりと銀色の男の足元で。多串君、これは、と尋ねる男の声音に今更恥ずかしくなって、かあああと顔に熱が集中するのが自分でも分かった。
「う、うるせぇ知るか」
「でも多串君が持ってきてくれたんだよね?」
開けていい、と言いながら袋を早速開き始める逞しい腕をぼんやりと横目で眺めながら、土方は半ば開き直って重い口を開く。
「………っ、だったら悪いかよ」
「ううん、全然悪くないつかめちゃくちゃ嬉しいかも。土方くんが俺との約束守る為に急いで仕事終わらしてくれたのも、遅れて悪いと思って菓子持ってきてくれたのも─────すっげぇ嬉しい」
だから、そんな顔してねぇで一緒にこれ食おうぜなんて耳朶に甘い囁きを流し込むものだから。つい、甘えてしまう。
これではいけない、己でもそれは十分過ぎる程に解ってはいるけれど。常々痛いくらいに張り詰めている神経を唯一、緩めることができる時間で。意識せずとも緊張感で強張った肩を下げ、ありのままでいられる一時をどうしても欲してしまう。一番に優先してやれないくせ、たまの逢瀬ではどこかで甘えてしまう救いようのない自分が、何よりも嫌いだった。
「せっかく来たんだ、こんなとこ突っ立ってねぇで中入ろうぜ」
そう言って腕を優しく引っ張る銀色に、ほら。やはり甘えて、ろくに抵抗もせず、ずるずると引き摺られる甘ったれの自分が。
「嫌ぇだ………」

糖分、とこの男らしい詞が飾られた居間には当然の如く誰も居なかった。朝から来る約束をしていたのだ、きっとチャイナや眼鏡なんかの子供たちは早朝、もしくは昨日の晩から人払いされていたはずだ。あいつは、この家に独りきり、何を想って自分を待っていたのだろうか。ああ見えて、意外と寂しがりやなあいつが。どんな想いで今まで待っていたのかなんて、連絡もろくすっぽしなかった己が測る権利なんてありはしないけれど。適当に座っててと言い残して台所に向かった、己よりも若干逞しい背中を眺めながら、ぼんやりとそんなことを思った。

「うお、これあざみ屋の大福じゃん、土方くんってばさっすがー」
幕臣って意外と暇なのなんて心外なことを言うこいつに苛立って、つい叫んでしまう。
「んだと、暇だったらわざわざ非番の日に仕事なんてすっかよ、頭沸いたか!」

ええ、でもあざみ屋の大福なんて二時間は並ばねぇと買えないんだよねと伊達に糖分王をしてないのだろう甘味知識をさらりと流すが、そんなことよりも、
「二時間も並ぶのか?」
副長此処の大福好きでしょう、なんてあっさりと渡してきた部下はそんな様子を微塵も見せなかったのだけれど。
「あー、土方くんが自分で買うわけねーよね、人気沸騰中の和菓子店に並ぶおめぇとか想像出来ないもん」
大方ジミーくんとかが買って来たんでしょ、と何処か嬉しそうに口元を緩めて大福を皿に出していく。
「ほら、せっかくジミーくん買って来てくれたんだから食おうぜ」
「………いらねぇ」
不貞腐れたような声に自分が一番腹が立つ。酷く己が我が儘で、面倒くさいことは解るのに。止めよう、止めろと思うのに。重い口はそれ以上開いてくれなくて、自分でも扱いづらいこの性分にほとほと呆れる。
「おめーはさ、」
もう、見放してくれたらいいのに。どれだけ捻くれていても、扱いにくくても。甘やかしてくれるこの男が。
「それだけ好かれてるってことじゃねぇ?」
見放せ、なんて口に出しても、本当にそうなってしまったら、諦めきれないのは己のくせに。
「おめーは、自分で思ってるよりさ、」
悔しい、悔しくて堪らない。目の前にいるこの男が、優しげな光をその双眸に湛えて駄々をこねる幼子のような自分を甘やかす度、器の違いを身に染みて感じるから。
「周りの奴らに愛されてるよ」
初めて対等でありたい、と願った相手だから。
「勿論俺が一番愛してっけどね」
ぎゅうと回された腕と逞しい胸板から伝わる確かな愛情に、醜い己の心が恥ずかしくて堪らない。
こんなに愛されているのに。
何も与えてやれない自分が、一番悔しい。
もやもやと霧がかった複雑な心境に、拗ねたようにふいと顔を男から逸らせば。銀時は土方を抱き締めたままごそごそと皿に手を伸ばし、大福をぱくりと頬張る。そしてそのまま、土方の髪にさらりと指を通したかと思えば後頭部をがっちりと掴み。
「、………んんっ!」
唇に噛み付くようにキスをした。
驚いて銀時を追いやろうと逃げる土方の舌に吸い付き、口腔の隅々まで舐めまわす。大福を食べたからであろう、しとやかな甘さが口一杯に広がって酸欠の頭にくらりとくる。暫く比喩でなく、本当に甘いキスが続いた後、ようやく銀時は土方を解放し満ち足りたように口の端をぺろりと舐めて笑った。




「なかなか美味しかったでしょ」
「うるせぇ、てめえのキスはねちっこいんだよ、しかも甘ぇ」
自慢気に土方に問えば不機嫌そうに振る舞うも、頬を桃色に染めどこか満足げな表情のギャップが堪らなく可愛い。
可愛すぎでしょ、つかえろくね?キスしただけで何であんなえろい顔になんの?誘ってんの、誘ってんのか?しかも満足そうなのに拗ねた声って計算なの。天然でアレ出来るって土方くんもうどんだけ俺のツボ突いてくるんですか。

ぐるぐると本人に言えば問答無用で打首になりそうなことを、悶々と思考していれば。
ケホケホと淡い咳の音が聞こえてきて。
「土方くん………大丈夫?風邪ひいた?」
「何でもねぇ、つうかやるならさっさとやりやがれ」
何を、と尋ねると何って抱くんだろうがと身も蓋もない答えが返ってくるものだから。
「ちょ、ひひひ土方くんまだ真っ昼間だよ!まだよい子の昼の時間だよ!」
抗議の声を上げれば、てめえ今更何言ってやがると一蹴された。
「った確かにそーだけどさあ何か昼間っからとかイケナイ事してるみてーだし、いやそれはそれで興奮すんだけど、でもおめぇに無理させたくないっつうか」
「…………抱きたく、ねえっていうのかよ、俺のことは」
抱きたいけど無理をさせたくない、普段無理ばかりする土方だからという男心を伝えようとしたのに。反則すぎるだろう、それは。
頭脳派のくせに一切計算の含まれないどこか傷ついた眼差しと、いじけたような台詞に。あっさりと陥落した己の理性に若干情けなさを感じながらも、可愛くて堪らない腕の中の恋人の額に。
そっとキスをひとつ落として。
事が終わったら思いっきり甘やかしてやろうと心に誓って、寝室の襖を開けた。








(君の額は、ほんの少し熱を孕んでいて)







僕の熱を、加速させた



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恥ずかしい人達ですみません
20110618
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