僕の額と君の体温が触れあったときに




ほぉ、とひとつ息を吐いてペンを置いた。ようやく溜まりに溜まっていた書類を処理し、固まっていた肩をぐるりとまわす。予定の上では非番だったが、近藤さんにすまないと頼まれた本日中が締切であろう書類が積もっていたのを見逃す訳にもいかなくて。そんな己の性分に自分でも呆れてしょうがない。まあ、自分が非番だと分かっていていつもにもまして暴れ、挙句の果てに始末書を押しつける沖田が一番質が悪いと思うけれど。それでも、そんな沖田の行動も構って欲しいが故の屈折した一種の愛情表現だと分かっているからこそ、どこかで許してしまう。あいつも、そんな自分を分かってまた図に乗るからこそこんなにも歪んでしまったのだろうが。
今頃己が内勤なのを良いことに堂々と昼間からサボり歩いているであろう、やんちゃと呼ぶには些か危険な部下を思い、再び重い溜息を吐けばタイミングを見計らったかのように、控えめな声が届いた。

「失礼します、副長。お茶をお持ち致しました」

入れ、と一言低く返せば、長時間閉めっぱなしだった障子が緩やかに開けられ、春先特有の心地よい風が、若干冬の名残を魅せる冷たさに乗せて室内に流れ込んでくる。それは少し肌寒いようにも感じたが書類作業で寝呆けた頭にはむしろ丁度よく、先程よりもクリアになった頭を少し振って土方は今しがた入ってきた部下を見た。
「はい、お茶ですよ。今日はせっかくの非番なんですから早めに切り上げてくださいよ。あ、あとこれ副長のお気に入りのお店の大福です、そろそろ休憩のひとつでもとってくださいね今日だって朝から───────」
「うるせぇ、ザキの分際で。それに仕事はもう終わりだ」
ほっとけば延々と続きそうな山崎のそれはまるで己の母親のようで、つい笑いを零しそうになるのを彼が持ってきた大福をひとつぱくりとくわえることで抑えた。笑ってしまおうものなら、気が弱そうで案外すぐにへそを曲げてしまう彼は本気で心配してるんですよだかなんだか叫んで拗ねてしまう。
「………え、副長あの量もう終わったんですか」
さっきの威勢はどこへやら、ぽかんとした表情で此方を見やる山崎にてめぇ俺だって伊達に鬼の副長やってんじゃねぇよ、とごつんと拳骨をひとつ寄越して問うた。
「大福、まだ残りあるか?」
「え、大福……ですか、ああ余分に買ってますから結構まだありますが……ってもしかして副長出掛けるんですか」
何処か嬉しそうににやにやとだらしなく口元を弛める部下は取り敢えず更に一発殴っておくとして。副長として常に上のお偉方と腹の探り合いをし、そういう事にある程度は長けているはずの自分でさえも驚く程の洞察力は、勿論監察としてこれ以上ない才能だけれど。そんなもの、人の私生活にまで発揮しないで欲しいと常々感じる、特に。
「旦那の所行くなら、子供達の分まで包んでおきますね。お団子も買ってありますから」
そう、あいつとこんな関係になってしまってからは。


お節介な部下に持たされた袋一杯の和菓子を左手に下げ、万事屋銀ちゃんなんてふざけた看板を見上げてほぉ、と本当何度目かの溜息を吐いた。明日は非番だから朝から一緒に居ねぇ、と珍しくぼそぼそと自信なさげな声を出すものだから。仕方がねぇなと己も照れを隠して折れてやる振りをしたのが昨日の夜。しかしながら急遽今日中に提出しなければならない書類が出来てしまい必死に終わらせたが、それからはもうずっと書類、書類また書類、と仕事のオンパレードでようやく解放されたのが先程。勿論彼との大事な約束を忘れてた訳では無いが仕方がないと己に言い訳し続け、結局只今午後三時半、約束の時間はとっくに過ぎてしまい此処まで来れば左手に下げた菓子達は贖罪にさえ思えてきて。会わせる顔があるはずもなく、ああもう菓子だけ置いて帰ろう。そう思い階段を上ったときだった。







next→







20110603
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -