葉桜の季節に(下)




銀時と別れた土方は、当初の予定通り馴染みの定食屋にいた。カウンター席に腰を下ろし、いつもの丼が出来上がるのを今か今かと待ちわびている。煙草を吸おうと箱を取り出したが、左隣に女性客がいるのに気付きチッ、と控えめに舌を鳴らしてまたポケットに戻した。今は正午をやや過ぎたところで、昼食時だからだろうやたら人が多い。シフトの関係で普段は遅めに昼食をとるため多くの人でざわめく店内はかなり騒がしく感じられ、隣できゃあきゃあと楽しそうな声をあげる女達も非常に疎ましい。混んでいるせいか、なかなか注文した品も届かずそろそろ隠しきれないくらいに苛々していた土方だったが。
ガラリっ、と勢いよく店の扉が開かれる音がざわめく店内に鈍く響いた。また、客が増えたのかと半ば諦めの境地に達していた、そのとき。
「あっ、良かった、ねぇ土方まだ飯食ってない?」
急に肩を叩かれ振り向くとそこにいたのは、先程別れたはずのあの男で。驚いて状況が飲み込めない土方に銀時はさらに話し掛ける。
「隣空いてんじゃん、ラッキー。その様子じゃまだ飯食ってねーんだろ?一緒に食おうぜ、あっ親父俺いつもの」
銀時のあまりのマイペースっぷりに苛立ちさえわかず、その勢いに圧倒された形で土方は首を縦に振ったのだった。


「はああー、久しぶりにちゃんとした昼飯くったわ」
白いご飯とか夜にしか食えなかったんだぜー、なんてまるで自慢話をするかのように話すものだから。お前それ全然自慢できねェだろ、つーか仮にも経営者としてどうなんだよ、と笑いが込み上げてきた。
それから、昼食をとるしばらくの間銀時と土方はいつものように派手に喧嘩をすることもなく、いたって穏やかな時間を過ごした。普段からは考えられないようなそれは、しかし。常に怒鳴り合ってばかりだったが根本的な部分はお互いよく似ている二人だからであろうか、一度話が盛り上がるともう夢中になっていて。元々、巧みな話術と一度懐いた人間にはとことん人懐っこいその性格で終始場を盛り上げていた銀時に対し、口数は少ないものの人の心情の変化には敏感で聞き上手な土方は馬が合うのだろう。散々話に花を咲かせた頃には丼はすっかり冷め、もう昼食時を少し過ぎていた。ああ、急がねぇとと洩らした土方に銀時は、
「あ、そういや仕事中か悪かったな散々引き止めちまって」
若干申し訳なさそうな顔をしつつも、最後にわりーけど昼飯代奢ってくんね、と手を出す辺り特に反省しているわけではなさそうだ。土方はそう結論付けたものの、仕方なく(と自分に言い訳して)数百円を掌に乗せてやる。途端にぱっ、と輝く顔を見て土方が苦笑すると突然ぽつりと誰に言うでもなく言葉を零した。
「今日のお前、いつになく笑うけどそんなに俺といるの楽しかった?」
土方は何と返せばいいのかよく解らずに憎まれ口を叩く。
「……誰が楽しいかよ、こんなマダオと飯食って」
「俺は楽しかったけど。土方の笑顔たくさん見れて、土方の話たくさん聞けて、土方にたくさん話せて。お前が初めて俺に笑いかけてくれて、すごく可愛いと思った」
すぐさま返された答えに色々つっこみ所はあったのだが、
「………!っ、誰が可愛いって、てめえふざけんのも大概にしろ」
店中に響き渡るのではないかと心配なほど銀時の声は大きく、土方はさらりと赤面してしまう。
だって、いつものようなにへら、としたにやけ顔ではなくて本気で俺が愛しいかのようにあまりにも優しげな表情をするのだから。
勘違いしそうになる。

「なあ、土方。俺最近さぁ、ちっと変になってるみたいでよー、」
「……お前はいつも変だろうが」
少し、声が震えた。いつものように、罵声を浴びせられないのは普段と違う銀時の顔なのか、それとも、
「こうやって、土方と喧嘩すっのも」
優しい声音のせいなのか、
「たまにのんびり飯食ったりすんのも」
いつにない甘い台詞のせいなのか、
「すっげぇ楽しいし、」
きらりと煌めく紅い瞳のせいなのか、
「もっと一緒に居てぇし」
さらさらと髪を撫でる己よりも一回り大きな手のせいなのか、
「………この気持ちって、何なんだろうな」
暖かい笑顔のせいなのか。

その答えは、巷では冷静沈着な鬼の副長と評される土方の頭脳の処理能力をかなり越えていて、大人しくされるがままになっていた。
「いや、あの、その万事屋俺は」
それでも必死に何か喋り倒してこの場を上手く切り抜けようとはした。そうしないと、聞いてはいけないものを聞いてしまいそうで。しかし非情にも銀時には全く通用せず、
「あのさ、俺……………」
ごくり、と唾を飲み込む音がする。
「お前のこと、好きなんかな?」
「は?」
明らかにここは絶好の告白シチュエーションで、銀時もそれなりに照れていたのか言うのを少しためらっていたがまさか。疑問系で来ますかそうですか、と土方は先程まで若干期待してた自分を殺したいなんて本気で思った。銀時に言ったら舞い上がりそうなので言わないが。
「いやー、何だろうなこれ。多分好きとは思うけどまさか俺が土方とか信じられねーつか何つーか」
そう言って頭をぼりぼりと掻いた銀時に、返す言葉が見つからず口をあんぐりとあけたまま固まった土方だったが、ふと周りの騒音がいつのまにか全く聞こえなくなっていることに気付いた。
慌てて周囲を見回すと固唾を呑んで真剣に此方を見つめる女性と、にやにやと笑みを浮かべてひそひそと喋る男共が。
自分が今置かれている状況をようやく理解した土方はうわぁ、と一つ叫び声を上げると、
「おおおい万事屋てめえ、ここどこだか分かってんのか、つかてめーらじろじろ人のこと見てんじゃねぇ!」
はぁはぁと一気に喋ったことで乱れた息を直した。


「ねぇねぇ、あなたってその白髪の人のことどう思ってんですかーぁ」
しばし沈黙がおりた微妙な空気の中で隣に座っていた派手な女が突然土方に話しかけた。きゃあきゃあ、なんて笑いながら此方に期待で満ちた瞳を向けてくる。
「白髪じゃねーよ、お姉さん。土方くんはもちろん俺のこと愛しまくって、ふべらっ」
「うっせー、誰がてめえなんか!」
銀時がへらへらと冗談めかしてそれに答えれば、どっと笑いが起きて。咄嗟に怒鳴った土方だったが、冷静に考えてみればああ助けてくれたのか、と気が付いた。

こんな風にさりげない優しさをくれるから。
殆ど、気付いてしまわないような押し付けがましくない気配りは土方にとってとても嬉しいものだから。

……嫌いになんて、なれる訳ねーだろうが。ずりーんだよ万事屋のくせに。

何となく、こいつが女にもてないなんて騒いでいる意味が分かった気がする。
分かりにくいこいつの優しさ、そして愛情は普通、目に見える形在るものを好む女にとってみれば冷たいと感じるんだろう。
しかし、それでもあいつの周りにいる女はやはりそれに気付いているからこそ、あいつと関わり続けるのだ。
土方が終わりのない思考に少し答えのヒントを見つけた、そんな時。
「おい、土方ーそんなに見つめなくてもお前の愛は伝わってるって。もう銀さん照れんだろ」
ふと我にかえると銀時がにやにやしなから此方を見つめていて。そして定食屋の親父に今日は土方に免じてつけといて、なんて言うものだから親父は苦笑しながら、
「いっつもつけてるくせによく言うな銀さんよ、でも綺麗な兄ちゃんに免じてまけといてやらぁ」
「おうー、あ、土方は俺のもんだから取んなよ」
最後に付け足された台詞に土方が赤面したのを見て、んっとに勿体ねぇくらい美人だがかみさんに殺されっからやめとくよ、と笑いながら手を振った。そのやり取りがまるで既に自分達が恋人同士のようで、土方は耐えきれず叫んだ。
「おい、万事屋てめっお前のことなんて俺ぁ別に何とも、」
「うちの土方くんはツンデレだからねー、デレんの俺の前だけだから皆勘違いしねーように」
最後の抵抗も笑いに変えると、銀時は土方の手を掴んだままガラリとドアを開けて外に出た。






外に出てから歩くこと数分、ついたのは先程別れたあの公園。
ざぁぁ、と流れるように風を受けた大木がゆらりゆらり揺れる。

「あのさ、」
唐突に銀時が話しだした。
「俺、春が好きだけど嫌ぇなんだ」
いつにない真面目な横顔に土方は、何も言えなくて。
「大事な人と出会えたのは春だった」
「大事な人を失くしたのも、春だった」
淡々と紡がれるそれに、大木を見上げながらじっと耳を傾けた。
「春に俺はようやく人間になれたのに、春に俺はまた………。なぁ、土方は春が好き?」
「……俺も春は好きだ、がてめえと似たようなもんだ。お前と比べられるようなもんを失ったかは分からねぇが」
突発的な問いだったが、土方は慌てることなく自然に言葉が出てきた。
春に出会ったもの。
春に築いたもの。
春に失くしたもの。

失くしたものは互いに違えど、今もなお、ふと思い出す鈍いその痛みは変わらなく。
似ている、のはその痛みなのかもしれない。

「花が散ってこうやって葉桜の季節になると、俺はいつも後悔ばっかしてんのよ。俺が弱いから、護れないから、素直じゃねぇから、って」
ざわめく枝にきらきらと、光を浴びて輝く緑を眺めながらぽつりぽつりと呟かれる。
お前は弱くねぇよ、と言ってやりたかったがきっと今彼が求めているのはそんなものではない気がした。
「土方への気持ちなんて、いつから気付いてたんだろうな。また失くすから、って隠しとくつもりだったんだがよ」
つい言っちまった、と笑った銀時の顔があまりにも哀しくて。

土方は己よりも筋肉のついた逞しい背中にそっと両腕を伸ばし、
ゆっくりと抱き締めた。

もう散ってしまった儚い桜のように、消えてしまいそうな気がした。
銀時は少し目を丸くしてじっとしていたが、土方の心に気付いたのだろうか。
土方の肩をしっかりと掻き抱き、顎を軽く持ち上げ、
静かに揺れる葉桜の下で─────、







ゆっくりと、キスをした。








(葉桜の季節に)




僕達は、恋をしました










意味不明(笑)オチどこ
20110514
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