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つい先日まで汗ばむ陽気にケチつけていた筈なのに。人肌で温もった布団を捲った銀時はシン、と冷えきった空気に思わず身を震わせた。
「あー、さみぃ。ったくこんな寒いとムスコさん縮まるっての」
廁の窓が開けっ放しで酷く寒い。誰だ最後に開けた奴、新八か新八だな、もう新八でいいや。そもそもまだ十月だというのにこの寒さおかしい。あれ、もう十一月だった。
万事屋なんて開き直ってしまえば半ばニート、こんなフリーダムな自営業やっていると日付を忘れてしまう。ギリギリ社会人やってるけど。曜日感覚だけなら自信がある、だって毎日テレビ見るから。そういえば土方はどうなんだろう。真選組の副長サンなんて、時間と攘夷志士に追われるだけの損な役回りだ。なんだって好き好んでそんな仕事ばかりするのかと副長さんには問いたくなるんだけど。でも、アイツなら気付いたら季節一つ過ぎてました、なんて平気で言いそうだ。三食ちゃんと食っているのだろうか、毎日眠れているだろうか。それに、風邪を曳かないように厚着させねぇと。
(つーか、俺もだいぶあの副長サンにオチちゃったよね)

泣く子も黙る真選組のナンバーツー、目付きの悪さに定評のある彼に、断腸の想いを告げるような、それでいて甘やかな響きでもって告白されたのは、何時のことだったろうか。







───────────────

「てめぇの、……こと、………き、な…だ」
何だか凄く、恥ずかしい。


およそ一ヶ月前のことだった。
「ったくテメェがそんな奴だったとはな!」
「んだよおめえが俺のナニ知ってんだっつーの!」

大分秋めいてきた麗らかな昼下り、往来で偶然顔を合わせた。最初は普段通りの何でもない軽口の応酬だったのが、何時の間にやら、連れ添っていた神楽にも呆られるくらい派手な喧嘩へ大発展していて。ああ、気分悪い。大体ちょっとからかったくらいで何であんなマジになんの。一の冗談が百の罵声で返ってきたから、復讐法もういっぺん見直してみて。ハンムラビ王のがよっぽど優しいから。仕事を無事に終えて自宅に戻っても気分は晴れず、仕方なく酒で気でも紛らわそうと、行き付けの居酒屋で半ば自棄になりながら焼酎を煽った。飲んでも飲んでも全く酔えず、むしろ意識が覚醒するばかりで凄く気分が悪い。わしゃわしゃと跳ねた髪を掻き毟りながら杯を重ねる俺に、苦笑しながら親仁が向き直って何事か尋ねたとき、耳に入ったのは人柄の良い親仁の声ではなく、ガラリと慣れた様子で引かれた戸の音だった。
緩慢な動作でもって首を其方へ向ければ、何処か所在無さげに込み合った店内を眺めながらぽつねんと立っていた土方が、自分に気付いたのか顕らかにしまった、と言わんばかりに顔を顰めたのが見えて。つーかそれはこっちの台詞だっての。なに、コイツ、そんなに俺に会ったのが嫌だったのかよ。いや俺も嫌だけど、かなり嫌だけど?でも人の顔見てその表情なんてかなり失礼だろ、無礼にも程があるんじゃねーの。しかも昼の喧嘩、原因は九十九パーセントお前のせいだったから。何で先に飲んでた俺がこんなに居心地悪くなんなきゃいけないの。やがて、いかにも間の悪い状況を打破しようと、脳内のごちゃごちゃした思考回路が指し示した結論は、
「おい、俺の隣空いてっから座れよ」
踵を返して立ち去ろうとした絶賛犬猿の仲で思い切り喧嘩中だった土方の右肩を何故か掴んで、唯一空いていた己の隣を勧めることだった。

勢いよく振り返った土方は些かきまり悪そうに下を向いて、
「………隣、」
座ってもいいのか、独り言のようにぼそりと呟いたのがあまりにも弱々しくて、俯いた横顔にはらりと垂れた前髪に庇護欲を掻きたてられる。あれ、何かがおかしい。自分が知っている土方は、瞳孔おっ開いている目付きの悪いチンピラ警察のナンバーツーで、先程往来で真剣を抜いてきたように喧嘩っ早い男だ。目が合うだけで暴言を吐きあう仲だが、彼の熾烈なまでの真っ直ぐな背中は眩みそうなくらい網膜に焼き付いて離れない。俺以上に単純で沸点の低い土方とのガキじみた口喧嘩だって、何時ものは結構気に入っていた。表面では心底嫌っているような素振りをしていても、何やかんやトラブルに巻き込まれる度に一々シンクロしてしまうくらいにある意味気の合う、奴のことを認めていた。一緒にいて楽しい腐れ縁程度には、まあ。ただそれだけだった、筈なんだけど。
珍しく口をつぐんだ何処か憂いを帯びた端正な横顔は、杯を重ねるばかりで、何時ものようにマヨまみれにした毒物手前のつまみを口に放ることすらしなくて。無視するのにも何だか疲れて、そのシャープな横顔をぼんやり眺めてみれば、
(あれ、コイツ意外と綺麗じゃん)
ほぉ、と軽く吐息を洩らす口唇やすっと通った鼻梁、存外長い睫毛と悩ましげに伏せられた瞼が切れ長の目元に影を落として。
一瞬、可愛いと素直に思った己に愕然とした。いやいや、何コレ俺どうしたの、覚ましちゃいけないナニかが目覚めた気がする。だって目前の人物は、多少顔が整っちゃいるが一応俺と同じナニを持ち合わせている野郎で、俺が大好きな丸みを帯びた女のコではない、断じて。正気か、正気なのか大丈夫か俺。
しかし、ほんのりと染まった桜色のシャープな頬だとか、尖らせた真赤な上唇に、ますます邪な思いが加速するのを自覚して慌てて正面のむさ苦しい親仁に向き合う。それから喧嘩について触れることもなく、暫く無言のまま時は流れたけれど、長年連れ添った夫婦のようにまるで居心地が良かった。


「銀さん、そろそろ」
今日こそは溜まったツケ払ってくれんだろ、と軽く睨みを聞かせた親仁の声に店内を見渡せば、残っている客は自分達だけで。もうそんな時間が経っていたのか、と懐から財布を取り出す。ふと気付けば隣の気配がしなくてそっと見やれば、
「ほんと何なんだよ、お前」
カウンターに突っ伏して、ぐっすり気持ちよさそうに熟睡していた。
首を此方に向けたままだから寝違えるだろうな、なんて至極どうでも良いことをぼうっと思考して、案外あどけない寝顔を眺める。閉ざし切った睫毛の下には酷く隈が広がっているのに今更ながら気付いて、僅かに、ほんとに少しだけ同情した。
(ストーカーゴリとドエス大魔王が上司と部下なんて、そりゃあ大変だよな)
らしくない、全くもって己らしくない。そんな柄じゃないのも、こいつとそんな関係じゃないのだって、解りきっている。でも、
(俺が此処で置いていっちまったら、さすがに風邪引いちまうよな)
本格的な寒波が訪ってはいないものの、暦は確実に冬へと向かっていて、朝晩はそれなりに冷える。隊服のかっちりとしたジャケットを羽織っているとしても、象徴的な意味合いの強いソレが十分に防寒機能を果たしてくれるとは思えなくて。別に、これはアレだ、憎たらしい副長サンから偶には殊勝に謝礼でもして貰おうという、そんな。だから、喧嘩ばかり吹っ掛けてくるコイツをうっかり心配しているとか、そんなんじゃない、断じて。
仕方なく、そう仕方なく俺は眠りこけた土方をよっこら背負って、屯所へと向かったのだった。

「んー………んどさ、………だろ、って………こん、…どさ」
寝呆けているのか、天パに顔を埋めてゆるゆると寝言を紡ぐ土方は確かに可愛いのだけれど、
(だからって、此処まで近藤連呼されんのもな)
その薄い口唇からぽろぽろと零れて来るのは近藤の名ばかりで。何となく、いただけない。ドロドロと黒い染みが胸にジワリと広がってゆくのが何故か、なんて。きっと、この時の俺は薄々感付いていた。でも、どうしても受け入れられなくて、ただ一向、足早に歩を進めた。
「な…ぁ、……んどさ、お、…れ………が、…き……んだ…」
「え?」
唐突に耳元で語りかけるものだから、つい相槌を打ってしまった。こいつが夢の中で話しかけているのは、近藤なのに。
しかしながら応えが返ってきたのに気を良くしたのか、土方は何処か幸せそうな口振りで、先程よりもさやかに語りだした。
「お…、れ……すきな……とが……る、んだ」
(俺、好きな人がいるんだ?)
正直、愕然とした。土方には、誰かに確かな恋情を抱いていて。
(だから、昼間、あんなに怒ったのか……)


『───…へーぇ、鬼の副長さんはレンアイなんてしてる暇はねぇってか?まあ、ツラはいいからね、お前。その気は無くても簡単に誰でもオトせるんだろうけど。お前なんかに惚れる奴も可哀想だよな』


甦る往来での大喧嘩。軽い冗談のつもりで放った、普段の土方ならあっさり躱すような一言は、現在進行形で誰かに想いを寄せている彼にしてみれば、侮辱以外の何物でもなくて。だから、土方は怒った。恋心を抱いている己よりも、その相手を馬鹿にされたことに。誰よりも己に厳しく、誰よりも人に優しい人間だから、土方十四郎という男は。
(俺、結構最低なこと言っちゃったんじゃねぇの……?)
本気で人を傷つける言葉を、嫌というほど自分は知っている。昔、石と共に投げつけられた鋭利な言葉の痛みを、自分は知っている。そんな自分だからこそ、絶対に言葉で傷つけるような真似はしないと、本気で思っていた。それが、このザマで。

「………、きなん…だ、……だれ…もいえね、…けど」
(好きなんだ、誰にも言えねぇけど)
だから、土方が今、聞いたこともないような優しい声で、それでいて胸奥から絞り出すように紡ぐのが、何よりも苦しかった。彼はこの恋心を、一生打ち明けるつもりはないのだ。そんなの、少し考えたら解ることだった筈。かつて、誰よりも愛した、初恋の綺麗なあの人でさえ置いてきた、土方なら。
「ぎん、…とき」
「え?」
ズキリ、と軋む胸の痛みに眉根を寄せると、そっと呼ばれたのは他でもない、自分の名。
「ひじか、た………?」
恐る恐る後ろの温もりに頬を寄せれば、
「てめぇの、……こと、………き、な…だ」



(てめぇのこと、好きなんだ)
ただの犬猿の仲で、
ただの腐れ縁で、
意外と気が合って、
実は互いに一人の武士として認めていて、
でもそんなの素振りさえ見せない、
そんな、そんな関係で十分だから、
高望みなんてしないから、

せめて、夢の中だけでも。
好きだ、って。










無駄に長い…
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高宮晒
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