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 いつだって






「他人のまねじゃ、なくていいよ」


 吃驚した。だって唐突にそんなことを言うから。だって今まで、今日の夕飯の話してたじゃない。そう思いながら見つめたのは、彼――浅川翔太(あさかわ しょうた)の顔ではなく、毒々しいピンク色の携帯だった。それを見たらなんだか気が抜けた。あたし、なんでこれを選んだんだろう。なんて違う方向に話を進めようとするのは、なんで。



「え、なに。カレーじゃなくてシチューが良かったの?」
「違うよ」


 なんなの。浅川くんが変な方向に話を持っていくものだから、あたしが変えてあげたって言うのに。それでも彼の声は、低くて冷たくて。それなのに優しい。なんで、と不意に言葉がもれた。それを彼が聞きとったかは分からないけれど、電話越しの空気が少しだけ、動いた気がして。……あー、まったく、ずるいなあ。なんて、上辺だけで笑った。


「あのね」
「うん」
「足りないの」
「何が」
「愛情が」

 そういったら、浅川くんはぴしゃりと黙った。え、なに。地雷? なんて思いながら携帯電話を見つめる。なにも分かりはしなかったけど。ただただ、静かなだけ。沈黙は嫌いじゃないけど、今日のはなんか、苦しい。

「え、あの、」
「俺はお前を愛してるよ」
「……うん」


 やっぱり。彼が私を思ってくれてることは知ってる。だけどそれに対しての足りないではなかったから、それを伝えようとしたのに。ああもう何だか、馬鹿みたいだ。もどかしい気持ちは、どうにもならない。ねえ、って。少しだけ掠れた声が聞こえた。


「まねじゃなくていいよ」
「……でも」
「無理して笑わなくていいよ」
「……だけど」
「自分を好きに、なれないならそれでもいいから」
「う、ん」


 一定のリズムで刻まれていく、声、音、鼓動。しとしとと、雨が降るみたいに。ねえ、ほら、こんなに濡れてる。彼は傘を差し出してくれてるというのに、あたしはその手をとることができない。頬を伝う雫は、雨なのか。それとも。季夏(きか)ちゃん、って。子供みたいに、ちゃんづけで呼ばれる名前。其処にこもる感情に、気付いても、答えることはできなかった。



「俺はお前を愛してるよ」



 その重低音が、再び。分かってるよ、知ってるよ。それなのに、あたしは答えられないままだ。知らないふりして、気付かないふりして。他人の仮面をかぶって、隠して、隠して。彼は私を見つけてくれたのに、答えられなくてごめんね。そんな、三十二回目のやりとり。





「いつだって」
(俺はお前の味方でいるよ)





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