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 つめたく、


 ひどいよ。
 そう呟いたあたしの唇は、いやに乾いていた。それがとても嫌で、恥ずかしくて、口元を手で覆って歩く。冬に近づいてきた、秋。吹く風はあたしの熱を奪っていく。その風を吸いこんだら、なんだか少し変われた気がした。

 夏が終わってしまったら、日が暮れるのも早いんだと改めて感じる。
 あたしの上で広がる、ほんのりと黒に染まった空は、なんだかあまり機嫌が宜しくないみたいで。それを見てたらあたしの期限も、だんだんと曲がっていってしまった。


「ひどいよ」


 呟く。それに少し遅れをとって、空が泣きだしてしまった。
 ぽつぽつと、あたしを、街を濡らしてく。それなのにあたしの言葉もココロさえもまだ乾いたままで。でもそれも時間の問題でしかないから。悲しみをこらえる様に、ぐっと唇をかむ。いたい。唇が、心が。

 どうして、と思う。
 どうしてあたしの傍にいてくれないの? どうして街はこんなにも綺麗なのに、あたしはこんなに醜いの? そんな、限度を知らない被害妄想があたしを壊していく。


 かなしい。
 さびしい。
 つめたい。


 どうして悲しいのか、どうしてさびしいのか、分からなくて。冷たいのは雨の所為だと、言い訳を並べて。
 雨から逃れることはしなかった。周りの人たちがみんな避難していくその中で、わたしだけがただ一人。ひとりぼっち。確かに此処にいるのに、この世界から切り離されてしまったかのような錯覚。もしかしたら事実なのかもしれないけれど。そうだとしたら、とても悲しい。

 だけど。
 冷たい雨が急に降りやむものだから。
 驚いて顔をあげたら、温かい指先が額に触れた。ぱちん、って小さな音がして。いたい、と感じないのは雨の所為で感覚が鈍っているからなんだろう。


「ばか」


 だけど彼の力が弱かったのも、痛くなかった原因の一つかもしれない。
 藍色の傘が、回る。あたしと彼の、世界を描く。


「こんなずぶ濡れになって。なにがしたいんだよ」
「だって、傘、もってない」

 イライラとした声。怒ってる。その事実がなんだか怖くて、反射的に答えを返す。ほんとはそんなつもり、無かったのに。だけど。今彼が目の前にいることが、こうして声をかけてくれることが、とてもうれしくて。


「なんで先帰ってんだよ。俺、今日日直だって言っただろ」
 

 ――え。
 驚いて彼を見たら、あきれたようなため息が聞こえた。それから優しい笑顔があって。


「だ、って、帰っちゃったかと、おもって……っ」
「は? なにそれ。こっちのセリフだっての」
「う、あ、ごめんなさ――」
「みちる」

 謝り終わる前に、名前を呼ばれる。
 冷えた指先に彼の温度が流れ込んでくる。


「大丈夫だよ」

 そう言われて、意味を理解したら、なんだかとても切なくなって。こみ上げてくるものを抑えることはできなかった。そのあと、彼が頭をなでてくれたこと。あったかいコーヒーを買ってくれたこと。その一つ一つに優しさがこもっていて、嬉しくてたまらなかった。


「つ、ばさ」
「ん」
「……ありがと」

 
 もう、乾きなんてどこにもなかった。
 





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