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 きりちゃん誕2012

@鏡越し、儚く揺れるはその想い。パロ











 そこは暑いの、と訊いた。あなたは首を横に振る。
 そこは寒いの、と訊いた。やっぱりあなたは首を横に振るばかり。でもそれから少し笑った。


「寒いのは苦手だから、冬は快適だよ」


 もちろん夏も、暑すぎないし。そう言ってはゆっくりと息を吐いてわたしの手元にあるものを指さす。それは何、と机においてあったものを灰色の瞳が映す。そこにあるのはピンク色の携帯で、わたしは少し悩んでから、電話だよという。けれどそれさえもあなたの知識には無いようで(知っていたのかもしれないけれど、これが電話だなんて信じられなかったのかもしれない)。その反応に思わずびっくりしてまじまじと見つめれば、困ったように肩を竦められた。


「ね、いつからそこにいるの?」
「さあ? 百年前か、二百年前か、もうずっと前」


 それを聞いてくらりと眩暈さえ引き起こす。それだけの時間一人でそこにいたの。そう言いかけたけど、やめる。だってそれはすごく馬鹿なこと。



***



 彼女と出逢ったのは数カ月前、親戚のお兄さんが住んでいた家(といっても元は旅館かなんかだったらしく、凄く広い)をわたしの父が引き取ってここに住み始めた次の日のこと。わたしの部屋だと案内された部屋で、わたし達は出逢った。ううん、これじゃ語弊があるかもしれない。わたしの部屋にあった鏡の中に彼女がいて、見つけたんだ。つまり、彼女――結城きりは鏡の中に、存在していた。

 彼女の他には誰も居ない。
 彼女の他には何もない。
 おんなじような状況になっているであろう人は何人かいるらしいけれど、わたしが知っているのは彼女だけだった。

 彼女との出会いは、今でも、ありありと思い出せる。


「ねえ、ねえ、おねえさん」
「え?」


 夢を見ているのかと思ったから、興味本位で彼女に声をかけた。
 でも夢ではなかったらしく、彼女は驚いたようにわたしを見た。


「見えるの」
「うん。なあに、おねえさん、幽霊なの?」
「違うけど……、声をかけてくるなんて思わなかったから」
「ダメだった?」
「ううん」


 よかった。じゃあ、これからよろしくね。
 ぎょっとしたような目でわたしを見たあと、泣きそうなそれに変わる。その時の彼女の笑顔を、わたしはきっとずっと忘れない。



***



 時の流れはいつだって変わらないけれど、彼女――きりちゃんにとってそれは、とても。長すぎて仕方ないんだろう。鏡越しの世界は留まることなく季節を重ねていく。目まぐるしくてたまらない、ときりちゃんは言う。


「まあ、寒さとかの前に、季節がもうよくわからないんだけど」

 それはきっとひとりごとだったんだろう。視線をあわせずに紡がれた言葉。それでもわたしの耳には届いていたけれど。あ、またその目だ。いつも眠たそうなその目が悲しそうに揺れるのを見たのは、これで何回目だろう。ああ、やだなあ。笑顔のが似合うのに、なんてキザなセリフが頭の中を駆け巡る。
 ……あ、ってことは、いま冬なのわかってないのかな。じゃあもしかしたら、あのこともきりちゃんの頭の中にはないのかもしれない。


「ねえねえきりちゃん」
「なあに?」
「今三月なんだよ」
「え、そうなの」
「うん。それでね、今日は二十日なの」


 ……え。
 数秒おいたあと、驚いたようににわたしを見る。あ、やっぱり。予想は当たっていたようでなんだか嬉しくなってしまう。サプライズとか、そんなつもりはなかったんだけれど。こういう形で祝うのも、きっと素敵だよね。


「お誕生日おめでとう、きりちゃん」


 触れることはできないから、プレゼントを渡すことは叶わないけれど。
 その分気持ちが届けばいい。あなたが大好きだよって、おめでとうって。





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