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 ゆきちゃんへ

 いつからか、手紙を書くのが習慣になっていた。
 例えば、憂吏に。例えば母に、父に、――兄に。

 夢鏡学園の奥の奥、限られた人間しか知らないそこは揚羽の実家に似た和を基調とした部屋。似ているのではなく、あえてそうしてあるのだろう。誰の計らいかまでは言う必要もないだろうが。季節外れに笑む花々はどれも造花だというのに甘い匂いを漂わせる。

 ――拝啓。
 その手紙は憂吏へのもので、自分の近況を知らせるそれから始まり最近の空の色や、雪陽たちの様子などもこと細やかに書かれている。お元気ですか、とも。
 逢いにいけるのは分かってる。それでも手紙を書くのは――。考えるのをやめて、手も止める。体の力を抜きながら、手紙を折りたたんでいく。その時、その後ろでかたり、と襖の開く音がした。

「おや。やっぱり此処だったかい」
「……はい。珍しいですね、あんまり、こちらには来ないのに」

 あくまで穏やかに質問を投げかける揚羽に、志貴が笑う。やんわりと、そうだね、と。

「此処は、朝焼けがよく見えるからね」
「朝焼け……?」

 朝焼けは確かにこの部屋からはよく見ることができる。それは揚羽も知っていた。だが、揚羽にとってはそれはそこに在る≠烽フであり、それ以上でもそれ以下でもなかったのが実情だ。答えを待つかのように志貴を見上げれば、また笑う。夢を叶えたといっても志貴からしたら揚羽はやはり生徒の一人であり、鼓もそう感じていることは明らかだった。親から見れば子供はいつだって子供、と似たような理屈に思える。

「揚羽」
「はい」
「陽はね、昇って沈むものなんだよ」
「知ってますよ」

 子供扱いしないでと言いたげなその眼はやはりいつ見ても愛しい生徒のそれで。これを言ったら益々むくれるんだろうと考えるとやはりおかしい。雪陽や春葵、刹那に比べればそれはもちろん大人びているけれど、子供なのは違いないのだ。誰が何を言って動かせることでもない。

「朝と夕は違うのに朝焼けと夕焼けは変に似てると思わないかい?」
「それは太陽光が地球大気で――……」
「それはそうだけど」

 そんなに難しい話じゃないんだよ。まるで内緒話をするように顔を近づけて、人差し指を唇に押し当てる。
 ひみつだよ、と聴こえた気がした。

「朝焼けはね、始まりを教えてくれるんだよ。ここから頑張ってね、って教えてくれる」
「じゃあ夕焼けは終わりを?」
「いいや?」
「違うんですか?」
「夕焼けは、休憩をくれる。そして夜が来て休んでは、また始まる」

 わかるかい? と訊かれて曖昧に頷いた。分からなかったわけではない。けれど、何処か夢心地だったのだ。見透かしたように志貴が手を差し出す。「もう起きなきゃだめだよ。朝だからね」と諭すように言う。立ちあがれば手紙は、と訊かれた。訊かれたことが恥ずかしくて顔を背けてしまったのは勢いだった。志貴はそれを決して笑わなかったけれど。


「いってらっしゃい」

 朝焼けを背に、揚羽もまた笑う。
 もう一日は始まった。だから立ち止まっては居られない。



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ゆきちゃんお誕生日おめでとう。
今年もこうして祝えることがすっごく嬉しいです。
「朝焼け」「手紙」そして「和風」というリクエストでした。和風じゃなくてごめんね。
ゆきちゃんに書いてもらったものと、少しだけ対になるように書いてみたつもりです。
改めて誕生日おめでとう、大好き。
どうかあなたにとって素敵な今日と、17歳になりますように。



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