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 星と花は黄昏に沈む

「図書室は勉強する場所じゃないよーう」

 こつん、と薄い本がほしの頭の上に乗せられる。見上げれば笑みを浮かべたちかの姿が。危機を感じたのだろうか、手早くノートを閉じ鞄に詰め込もうとする。それを見たちかは、「あ、しまわなくていいよー」と笑ったのだが、ほしにしてみればそんなの混乱を招く材料でしかなかった。

 ――え、いやだって今……。

「え?」

 思わず口に出してしまうほどには、混乱していた。その混乱を理解したんだろう。ごめんね、と小さく呟いてから、ほしの向かいに座る。きょとんとしたままのほしを見ながら、ちかはにこにこと語りだす。

「一応ほら、図書室は本を読む場所だから。勉強は菫荘でね、って意味だったんだけど、だれも菫荘で勉強してないしね」
「え、言っていいんですかそれ」
「だって事実だもん」

 流石にあっけにとられたのだろう。しかし気を取り直したのか、鞄から課題を取り出してはまた勉強に励む。先程と違うのは、目の前にちかがいるという点だ。

「ちか先輩」
「はーい」
「そうやってて楽しいですか?」
「あ、邪魔?」
「そう言うわけじゃないけど」

 楽しいか訊いたわけだが、帰ってきたのは別の答えだった。ほしはその困惑をどう表せばいいか分からず、とりあえず咳払いをひとつ。それからノートに視線を落して、子供みたいな人、と口の中だけで呟いた。目の前で本を読むちかは、そんなの知ったこっちゃないんだろう。ちかは、楽しそうに本を読んでいる。かと思えば急に顔をあげて、笑った。


「ほしくんときちんとお話しするのって、初めてだね」
「そうでしたっけ」
「そうでしたー」

 言いながら、ほしの方を見やる。
 ――もともと、興味はあったけどね。

「なんですか?」
「ほしくんかわいいねえ」
「…………」
「…………」
「……先輩」
「はあい」
「飴あげるんで黙ってください」
「わーい」

 差し出したのは、いちごミルクのそれ。
 ぶっきらぼうな言葉を投げておきながら、言葉とは裏腹に頬は赤く染め上げられている。素直だね、と口にしかけたちかだったが、それはさすがにまずいだろうと思いなおす。そのかわり、微笑みは一層色濃くなったわけだが。なんでわらってるんですか、という問いには、答えなかった。


「あ、オレンジ」

 もう日も沈んできて、人もまばらになって来た頃。オレンジ色の光が、窓を通して机の上に降り注ぐ。まるで、カップに紅茶を注ぎこむそれのように。ほしのその言葉を聞いて、その情景をしばらく眺めて居たちかは不思議そうに口を開く。その表情はおもちゃを見つけたこどものものに似ていたように見えた。

「オレンジって、言うんだねえ」
「へ? ちか先輩は違うんですか?」
「だいだい、――って」

 言うでしょう? と。言われてみればそうかと頷き、それからまた降り注ぐ光を見やる。まるで、この場所だけ切り離されたかのような異質さを放ちながら、それでもなお温かみを感じさせる。ふと顔をあげれば絡み合う視線、そこには、言葉など無く。


「……あ」
「え?」
「もうそろそろ閉室の時間だよ」


 オレンジが黒に変わる、もうそんな時間なのだと。

「じゃあまたね」
「はい、また」

「――今度は菫荘で」


 そうして、星と花は黄昏に沈む。







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