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 氏瀬くん誕

 ことことと、砂糖で煮詰めたみたいに甘い気持ち。
 日に日にその甘さは強みを増していく。かわいらしい瓶にそれを詰めてあなたにプレゼント、なんてことができるぐらいお手軽だったらいいのに。
 ものなんかに頼らなくてもいいぐらい、素敵な言葉でこの気持ちを伝えられたらいいのに。

「ほんとうに」

 考え事を口に出して、改めて実感する。
 すき。
 だいすき。
 そんな気持ちであふれてる事。かわいらしい瓶なんかじゃ溢れちゃうこと。

 かちり、と鳴った時計。重なり合う二つの針は、特別な日を連れてくる。
 それがとても、愛おしくてたまらない。

/

 だから、それを伝えようと思った。
 思ったん、だけど。


「……ちか」
「はい」
「それ握り箸だよ」
「あう」

 正直、何でこんなことになっているのかが分からない。
 今日って氏瀬くんの誕生日だよねえ、なのに何でわたしはお箸の使い方を学んでいるんでしょうか? そう聞きたい気分だったけど、面倒くさそうにしながらもきちんと教えてくれるものだから、なんだか嬉しくもなったり。でもこれじゃ、喜ばせる立場が逆なんだけど、な。


「氏瀬くん、ちかはフォークとスプーンが使えるから問題ないよ」
「日本人だけどね」
「……昨今は、食の国際化進んでるし」
「日本食の見直しもされてるけどね」

 そう言われたら言葉につまっちゃうわけで。
 というかわたしは和食より洋食のが好きなわけで。
 昨今なんて言葉はじめてつかったわけで。
 何か言い返そうとちらりと視線を寄こしたけど、言葉はのど元につまったまま、外に出ようとはしてくれなかった。そして視線は、こうなる元凶となったそれへと移っていくわけで。
 ――なんでこうなちゃったかなあ。


「気にすることないよ」
「気にするよ……」


 上手く作ることのできなかった料理。これじゃあ祝うどころじゃなくて、ただの恥さらしに過ぎない。
 しかもなんでお箸講座になっちゃんたんだろう。

「頑張ったんでしょ?」
「うん」

 気にするにきまってる。責められないから、余計に。面喰ってはいたけれど。
 かろうじて食べられる料理だけを選んで食べているわけだけど、それだって美味しいわけじゃないのに。目があったら少し目を細めて、笑ったような表情。ねえ、気を使わなくたっていいよ。

「ねえ氏瀬くん」
「なに?」

 お箸を動かす手を止めて。ゆっくりと息を吸って。

「おめでとう、ね。お誕生日おめでとう、ほんとうに、ほんとうに」
「……ありがとう」

 少し照れたようにお礼を言ってくれる姿がほら、ほんとうに嬉しいの。
 料理じゃ上手く伝えられなかったし、挙句の果てにお箸の使い方下手だから(実際これはあんまり関係なかった)、ものじゃなくて言葉で伝えようと思う。最初から、こうすればよかったのに。そんなの分かってはいるんだけど。やっぱりどこかで、自信がなかった。


「あのね、ほんとうにね、おめでとう」
「うん」

 ほんの些細なやりとり。
 ほんの些細な時間。
 でもそれでも、伝えたいこと事は全部伝えたから。飾るのなんて似合わないの、知ってるから。
 だから言うよ。何度でも、何度でも。氏瀬くんが呆れかえっちゃうぐらいに。

 お誕生日おめでとう、世界で一番愛しい人。






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