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 ひつぎくん誕

 夜の闇の中で、君を見つけた。
 白い花が明かりとなって、君を照らす。ほのかに、そして高らかに、花明りは私を君へと導いて。

 そっと開きかけた唇から吐き出された空気は、音にも言葉にもならないまま溶けていく。そっと瞼を閉じて、風に乗る。ブランコの立ち乗りなんて、子供みたいなことをしては、不意に掴んでいた鎖を放す。踏み台を蹴って、そのまま地面に――なんて上手いことはできずに、下に敷かれた芝生の上に膝をつく。それでも派手な音がたったんだろう。少し離れたところにいた君さえ、わたしに気づいて。


「――え?」

 驚いた表情。揺れる瞳。
 わたしはただ、笑みを向けた。



 ……→



「あー、びっくりした」
「えへへ。飛べると思ったんだけどなあ」

 さながら、鳥のように。
 生温かいのは頬に当たる風なのか、それともひつぎくんの目線なのか。確かかめるように目線を合わせると、生温かいっていうより危なっかしい物を見るような視線が、そこにはあって。その視線から逃げるように、笑う。

「でもひつぎくん、今真夜中だよ。一時だよ。何してたの?」
「え、ダッツ食べてた。それよりちかちゃんがブランコ立ち乗りしてることに吃驚だよ」
「だから鳥にね」

 ――なんてウソだけど。
 どっかで聞いた様な台詞を口の中に吐き出して、奢ってもらったアイスと共に呑みこんだ。奢ってもらってる場合じゃない気もするんだけどなあ。
 からになった容器を捨てに行っているひつぎくんの背中を見ながら、ほのかに香る花のにおいの元を探す。さっきの花明かりはこれかな。良い匂い、なんだっけこの花。

 お礼、しなきゃ。
 倍返しなんてものじゃなくて、いっそ三倍ぐらいの勢いで。
 だって今日は。

 ……→→



「ただい、……あれ?」
「こっちだよー」

 少し後ろにある、花壇の塀に立ってひつぎくんを見下ろす。高めに創られたそれは、乗ってみればひつぎくんよりわたしのが背が高くなる仕様。君が振り返ろうとしたその瞬間をねらって、手の中に忍ばせたそれをばらばらとばらまく。

「……あめ?」
「うん雨」
「え? ニュアンス違くない?」
「あ、飴だった」
「あー、うん。そうだね」


 降り注ぐあめは、甘く、甘く。
 今の私はこんなものしか持ってないから。ささやか過ぎるお祝いでごめんね、と心の中で謝りながら、「お誕生日おめでとう」と笑う。



 ……→→→



「覚えてたんだ」
「ばっちりきっちりね!」
「……」
「……」
「ごめんなさい」
「謝ることじゃないけど」


 へにゃりと笑う彼の笑顔を見て、またわたしも笑う。今日何回目の笑顔なんだろう。でもいいよね、今日はひつぎくんのお誕生日だもの。こんなに幸せな日なんだもの、たくさん笑わなきゃ。
 まさかこんなところで会うとは思わなかったから、お家にちゃんとしたプレゼントが眠ってることは秘密。またあとで届けに行くね。




 君にはやくおめでとうを言いたかったから、鳥になれればと思ったよ。
 ねえ、お誕生日おめでとう。





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