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 きりちゃん誕

 ――これで、四回目だね。
 スケジュール帳の日付を指でなぞりながら、口元が緩んでいくのを感じた。今年は何にしよう、なになら喜んでくれるだろう。きっと菫荘でパーティーを開くんだろうけど、そうじゃなくて、わたしにしかできない事。それって何だろう。何をしてあげられるだろう。


「どうしよう」

 何が、良いだろう。月日を増すにつれて、貴女を大切に思う気持ちは増しているっていうのに。どうしてこう、追いつかないんだろう。気持ちだけが、先走ってる。少し前に撮った写真を視界の隅にとらえながら、深く息を吐いた。暫く考えてから、お出かけ用の服に着替えて部屋を出る。弟が料理をしてたみたいだけど、傍から見れば実験にしか見えない光景だった。忘れよう。

 中身のない割に大きなかばんを持て余しながら、路地を歩いていく。すれ違う人たちの笑みを瞳に焼き付けては、首をひねった。あー、ほんとに、どうしよう。ぶらぶらと歩いていると、甘い香りが漂っている事に気づいて。見れば、見られない喫茶店があった。と言うかいつの間にこんなところまで来ちゃったんだろう。目的からは外れちゃうけれど、道もきかなきゃならないし、ちょっと寄ってみようか。

「いらっしゃいませ――」

 中に入れば、甘い匂いは濃度を増してわたしを出迎える。それでも嫌に思わないのは何でだろうと思いながら、案内されるとおりに席に着いた。ヨーロッパを意識したような内装。きらめく照明。店の真ん中には白いグランドピアノ。アイスティーを頼んで、それからもう一回、ぐるりと店を見渡す。――あれ、あれって?

「お待たせしました」

 落ちついた声音でアイスティーを運んできたウエイトレスさんは、わたしよりも少し背が高いぐらい。年もわたしより上なんだろうけど、なんだか、少し変な感じがする。目が合えば彼女はゆっくりと微笑んでから、お辞儀をした。あ、きれい。それから自分でも意識しない間に、彼女を呼びとめていた。「あの!」――なんて、声が上ずっている。うわあ、最悪。それでも彼女は穏やかに微笑んで、「何でしょう?」と応じてくれた。良かった、と安堵しながら、気にかかっている事を口にする。


*


「きーりちゃんっ」
「…………ちかちゃん、どうしたの? こんな朝早くから」


 うわあ。テンション低い。どうしよう。まあそれも分かるんだけどね。だって今日、日曜日だし。午前七時二十分だし。でもいつもはもっと早いじゃない! とかそんな言い訳をしたい気分だけど、きっと許されないんだろうなあ。だって今は春休みなんだから。それに、そんなものが意味を成さないってことも、ちゃんと理解しているし。

「だって今日きりちゃん誕生日だし」
「……知ってる。って言うかメール届いたよ」
「うん、送った」

 話ながら家に上がらせてもらう。……あれ? わたしあがっちゃっていのかな。祝いにきた立場なんだけど。疑問をぬぐいきれないまま、足を進めていく。きりちゃんは今にも眠ってしまいそうな表情で、足取りすら危ない。このままベットにもぐりこんでおやすみ、とかいやだからね。それだけは勘弁してね。それだけは嫌だから、元気よく――って言ってもいつもな気がするけど、口を開いた。

「それでね、きりちゃん。今日はお誕生日じゃないですか!」
「うん」
「おたんじょうびおめでとー!」

 いえーい! とか言っちゃえるぐらいのテンションで(言わなかったけど)、そう告げる。拍手付きで。きりちゃんは、少しだけ間をおいた後、「ありがとう」って笑ってくれた。わたし、貴女のその表情が大好きなの。

「でも、わざわざ来てくれなくても良かったのに」
「え、ごめんね。叩き起こしちゃって」
「そういう意味じゃないよ」

 くすくす、と笑う。まるで砂糖が溶け出すぐらい自然に。つられてわたしも笑った。それから、鞄から小さな包みを取り出す。それを差し出して、また笑った。

「はい。プレゼント」
「わー、ありがとう。開けていい?」
「ん、どうぞ」

 ――水色のブローチ。
 あの時の喫茶店で買ったものだ。店の端につくられた販売コーナーで、ひときわ目を引いたそれ。まず何で喫茶店の中に販売コーナーがあるのかも疑問だったわけだけど、実際に口から出た質問は別のものだった。
 ……あの花、なんて名前ですか?
 花弁は八重になっていて、艶がある。作りものであるのにみずみずしさを感じされるのは、きっと作り手の腕なんだろう。
 ……ああ、あれですか? あれはね、ゼラニウム、って言うんです。
 それから次の言葉を聞いて、もう、微笑むしかなかった。


「……! わあ、綺麗! ――ふふ、ありがとうね」
「ううん、どういたしまして」

 嬉しそうに微笑む彼女の横顔を眺めてると、わたしも嬉しくなる。それから少し話をした後、「まあ菫荘でね」と腰を上げた。家までの帰り道をゆっくり歩きながら、また笑う。ありきたりなプレゼントになってしまったけれど、精いっぱいの気持ちだよ。
 ……ゼラニウム、って言うんです。花言葉は――君ありて幸せ=B

 ハッピーバースデイ、きりちゃん。これからもよろしくね。





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