その一瞬を焼き付けろ | ナノ


「あれ、もう無い」


鞄を開けてポーチを取り出す。確かテーピングを入れたと思っていたのだけれど、確かに入っていたテーピングは指にほんの一巻き分くらいしか残っていなかった。これではガーゼを止めることなんて出来ないなと溜め息を吐いた。

量を作る料理では火傷や小さな切り傷なんかはしょっちゅうで、そんなものを気にしていたらスムーズな作業が出来ない。だから全てを終わらせてからいつも手当てをするのだけれど、テーピングが無いのは困った。火傷にそのまま絆創膏を貼ると剥がす時に痛いから嫌いなのだ。


「仕方無い、国光に貰いに行こ」


国光もテニス部員なんだからテーピングくらいもっているだろう。調理室を出て、宿泊棟の青学がいる階へと向かう。夕食前だからこの時間であれば、ほとんどが自室にいるはずだ。

4階建ての建物のそれぞれ1階が各学校に割り当てられ、大体どこも二人一部屋でこの合宿中は生活をしている。たまにメンバーをシャッフルしてみたり、学校同士で入れ替わって簡単なお泊まり会をしている部員もいるらしい。

うちの部員は普段豪華な合宿に慣れているから、二人一部屋にあれこれ文句を言っていたけれど。もちろん跡部様は一人で一部屋を使っている。多分相当ごねたに違いない。


「あ、えっと……そこの子」


青学が宿泊している二階に来てみると、青学のジャージを着た小柄な男の子が自販機の前に立っていた。あの子は国光や弦一郎と違って随分と中学生らしくて可愛い雰囲気だ。丁度いい、あの子に国光の部屋を聞いてみよう。

近寄ると、男の子はジュースを飲みながら視線だけをこちらに寄越した。鋭い目の中に私を映し込むと、彼は懐疑そうな顔を浮かべた。


「……調理担当の人がうちの宿泊棟に何の用っすか」
「あのね、国光いる?」
「くに……みつ?」


私が発した言葉に、彼は大きな瞳を更に大きく見開いてみせた。自分の所の部長の名前なのに、何をそんなに驚く事があるのだろうか。

知らないなら良いけど、と私は彼の前を通り過ぎようとした。けれどもそれは彼の持っていたラケットによって遮られる。


「国光って、手塚部長のこと?」
「他に誰がいるの?」
「あの手塚部長を呼び捨てとか……アンタ何者」


何者と言われても、そんな大層なものでは無い。腐れ縁というか、ただの幼なじみだ。この男の子、口調は生意気だけど見る限り三年生では無さそうだ。後輩に『あの手塚部長』と呼ばれているなんて、国光ったら本当に何なの。

何と答えようかと腕を組んでうーんと悩んでいると、廊下の奥から目の前の男の子と同じジャージを着た人がこちらに向かって歩いて来た。栗色をさらさらと靡かせている。


「越前。もうすぐ夕食なんだから、ジュースなんか飲んでたら手塚に言われるよ」
「……っス」
「国光ったらそんなことまでうるさいの? 部長って言うか、まるで保護者じゃない」
「……国光?」


私の言葉に、後から来た男の子も目を丸くする。なんなの、私が国光って言うのがそんなに面白いの。ちょっと不愉快。大体国光って言い慣れているからもう国光以外で呼ぶ事の方が不自然になってしまったのだから仕方無いじゃない。

もやもやとそんなことを考えていると、その男の子は声を押し殺して笑い始めた。えええ、ついに笑われたけどどういうことなの本当に。


「ふ、ふふっ、あの手塚が……国光」
「あのさ、そんなにおかしい?」
「ああ、ごめんごめん。君は普段の手塚を知らないの?」
「普段っていうか……小学校低学年から見てるけど、別に今もそんな変わりは無いよ」
「幼なじみなんだ、それで名前呼び」
「腐れ縁だよ。私と、国光と、弦一郎で」
「ふっ、あの真田さんもっスか」


弦一郎の名前を出した途端、今までポーカーフェイスだった小柄な方の少年も吹き出した。笑うとやはり随分と幼い印象を受ける。

そんな他愛も無い話をしていると、今度は噂の国光が廊下の向こうから歩いて来た。


「不二、越前。何をしている。食堂に行く時間だ」
「ああ、丁度良かった国光。テーピング余ってない?」
「綾奈。何故お前がここに……」
「火傷してテーピングも切れちゃって。仕方無く貰いに来たの」


ほら、と火傷した指を見せると、国光は普段からしかめっ面なのに、さらに眉間にシワを寄せた。そんな顔しているから後輩にも怖がられるんじゃないの。白石もこの間走らされていたし、本当にあんたは何様なの。

国光でこの調子なんだから、弦一郎はもっと部員に対して酷いのだろう。「たるんどる」とかお決まりの台詞で怒鳴り散らしているのだろう。

そういえば、弦一郎って立海の副部長だと知って驚いた覚えがある。あの弦一郎を副部長の座で満足させているなんてどんな厳ついゴリラみたいな人かと思っていたら、昨日ブン太って子に冷ややかな声で話しかけた幸村という男の子らしい。

女の私からみても奇麗な男の子だったけど、あの子がどうやって弦一郎を手懐けているのだろう。私にもその方法を教えてくれないだろうか。


「あ、ごめんね二人とも引き止めて。えーっと、どっちが不二でどっちが越前?」
「僕が不二周助。君と同じ三年生だよ」
「……越前リョーマ、一年っス」


たかがテーピングを貰いに来ただけなのに、わざわざ時間を取らせて申し訳なかったな。そう思い、ありがとうと二人に手を振ると、不二くんはにこやかに手を振り返してくれた。越前くんは軽い会釈だけだったけれど。

そのまま国光の部屋へと向かう。ドアの前には『手塚・不二』と書かれていた。さっきの子と同室なのかとぼんやりそれを眺めていると、ぐいっと手を引かれ部屋の中へと引き入れられた。


「座れ、手当てする」
「え、別にいいよ。ただの火傷だし」
「左だからテーピングも巻きにくいだろう」
「……じゃ、お願いします」


有無を言わさないといった感じで国光が私の手を取った。そのまま消毒液をかけられる。じくんと響くような痛みが指先に走った。その上からガーゼをあて、テーピングでぐるぐると何重かに巻かれる。

ありがとうと御礼を言おうと顔を上げると、国光が火傷を見せた時と同じくらい思い切り眉間にシワを寄せていた。何なの、自分から手当てするって言ったくせに何か私に不満でもあるの。

そう言おうとすると、先に国光が大きな溜め息を吐いた。何事かと思って生唾を飲むと、国光が情けなき声で呟く。


「綾奈、頼むからあいつらの前では名前で呼ばないでくれ」
「何でよ」
「何でもだ」
「……はーい」


間の抜けた返事をすると、国光にじろりと睨まれる。へらりと笑って返すと国光はまた大きな溜め息を一度吐いて、そしてそれ以上は何も言わなかった。

ま、嫌って言われたらやりたくなるのが性分なんですけどね。



06もう一度約束しよう
(20120908:理恵)
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テーマ「人外ファンタジー」
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