その一瞬を焼き付けろ | ナノ


市販のゆで小豆でも充分に美味しいけれど、ここは料理部部長の意地に従い初めから手作りしましょうということで。グツグツグツ、とひたすら小豆を煮て、もう1つの鍋ではひたすら白玉を茹でる。本当は白玉以外にもフルーツやら生クリームやらも添えたかったけど、流石にあの人数分のそれらを用意するのは気が遠くなるので、ここは割愛することにした。でもまぁ、白石君は「白玉善哉を作って」と言ってたし、これだけでも充分だろうと勝手に自己解決する。

そうして煮続けることどれくらい時間が経っただろうか。段々と渋味が取れた小豆の匂いが調理室に充満し始めた所で、廊下の方からバタバタと誰かが走ってくる音が聞こえてきた。はて、今は練習中なのに誰だろう、と思いつつも、そっちの方に意識を向ける。


「菓子の匂い!!」


派手な音を立てて開かれたドアと共に現れたのは、これまた派手な髪をした男の子だった。真っ赤な髪と緑のガムが相反していて、なんだか目が痛い。ジャージを見て弦一郎と同じ立海の人だということは認識出来たけど、1人1人の名前までは覚えてないので私はただただ困ったように首を傾げた。新キャラ登場だ。


「あの、練習は?」
「今から15分休憩!もー窓からすっげ良い匂いすんだもん、俺腹減っちゃって仕方ねーんだ!くれ!」
「冷やし善哉にするから、これから冷やさなきゃいけないんだけど」
「えー!?んじゃ他のモンねぇのかよぃ」


クンクンと鼻をひくつかせるその様は犬のようだけど、内面はただの図々しい人とも言える。確かに調理室は1階にあるから匂いはするのだろうけど(ジローとかからも言われたし)、それでもここまで食い意地が張ってる人は初めて見た。そんなことを思いながら、ドカッと椅子に座ったその人はお菓子を渡すまで本当に退かなさそうなので、仕方なく冷蔵庫の中を漁る。


「ゼリーならあるけど。でもさっき作ったばっかりだからまだ柔らかいかも」
「なんでもいい!くれ!」
「ブン太、何やってるのかな?」


…蒸し暑いくらいの空気が、一瞬にしてすうっと冷える感じがした。何今の冷ややかすぎる声。そう感じたのはこのブン太と呼ばれた人も同じだったのか、ギギギ、という効果音が付く勢いでドアの方を振り向く。…わあお、大集合だ。


「綾奈、此処にいたのだな!」
「料理しに来てるんだから当たり前でしょ」
「なんっすか副ブチョ、知り合いなんすかー?」


見渡す限りの芥子色にやっぱり目が痛くなり、更には弦一郎の言葉で耳まで痛くなる。なんでこの人こんなに目輝かせてんの怖い。そして、その威厳もクソも無い姿に興味を持ったのは、髪がワカメのようにウネウネしている男の子だった。ついでにその隣にいる銀髪の若干目つきが悪い人も、見定めするように私のことを上から下まで見てくる。なんかヤな感じ。


「休憩に入るなりいきなり飛び出して行ったから何かと思えば、やっぱり食べ物のことか」
「そんなんだからいつまで経っても痩せないんだよ?」
「う、…幸村君酷い」


糸目で古風な雰囲気をまとった人と、幸村君と呼ばれた中性的な人が彼に対して茶化すように口を開く。まさにこの小豆のような頭の人はそれを見て苦笑して、眼鏡をかけた人は呆れたように溜息を吐いて、どうやらこの学校は色んなタイプの人達が上手く調和されているみたいだ。


「おやつの時間までには完成させるから、それまで待ってて下さいな」


とりあえず、このままでは収集が付かなくなりそうだったので一度テコ入れをし、半ば追い出すように立海の人達を調理室から出て行かせる。ゼリーもやっぱりあげない(元は自分用に作ったんだし)。そして、この間一言も口を開かなかった銀髪君は、最後の最後に「楽しみにしとる」と小声で言って、出て行った。あれ、もしかして人見知りだっただけ?なんだろう、それともこれは俗に言うヘタレというものなのかな。でもちょっと萌えるかも。


***


「おやつやーー!!!」


そうして午後3時。完成した人数分の冷やし白玉善哉を台車に乗せてコートまで運べば、まず金ちゃんがこっちに向かって爆走して来た。他の人達もそれに続くように駆けて来るけど、私はその中に見慣れない人物がいる事に気が付いた。


「(あれ、この人いっつも一匹狼だった気がするんだけど)」
「うわっ、ちょ、財前君!押さないでよ!」
「お前図体デカい癖にとろいねん、さっさと善哉寄越せや」


更にその人は、ウチの学校の鳳君の事を思いっきり押し退けて、なんとも自己中な発言をした。その様子に驚き思わずその人に見入るけど、当の本人は善哉をゲット出来たのがよっぽど満足なのか、普段は見せない柔らかい表情でそれを頬張り始めた。さっきの銀髪君といい、なんかレアポケモンを発見した気持ちだ。なんだこれ。


「あいつやで、白玉善哉マニア」
「あ、白石」
「善哉に関してはいつまで経っても子供たいねえ」


とそんな風に1人で首を傾げていると、周りと同じように、善哉が入っている容器を片手に持った白石と千歳が両隣に立って来た。一気に高くなった視線に、ちょっと首が痛くなる。それよりも、善哉マニアってもしかしてあれか、昨日白石が言ってた「善哉がめっちゃ好きなやつ」の事か。そしてそれがあの一見クールな黒髪君という訳か。なるほど。色々と疑問が晴れた所で私も自分の分の善哉を口に運び、少し咀嚼してから喉に流し込む。我ながら美味しい。


「これもあんたが作ったんすか」
「へ?あぁ、うん」


何故か私を挟んで会話をしている白石と千歳をスルーしながら、ただただ無心で善哉を食べ続けていると、今度は真正面から話しかけられた。善哉マニア君だ。彼の手の中にある器は既に空で、そこには小豆一粒も残されていない。それが少し(というか、結構)嬉しかった私は、若干ドヤ顔で「美味しかった?」と聞いてみた。


「…また作って下さい」
「(スルーかい!)うん、わかった」
「俺、財前光言います」
「財前が自分から自己紹介したで!レアや!」


あ、やっぱりレアポケモンなんだ。そんなしょうもない考え事は置いといて、とりあえず私も彼に自分の名前を言い返す。善哉マニアもとい財前はそのまま軽く頭を下げて去って行ってしまったけれど、普段はクールなのであろう彼が善哉を美味しく食べてくれていたあの様子は、印象的だった。


「財前の胃袋、掴めたとね」


次は、ちゃんと生クリームとフルーツ、それにアイスも加えた凝った善哉にしよう。



05枯れた花はもう咲かないよ
(20120828:南)
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