その一瞬を焼き付けろ | ナノ


合宿も四日目となると慣れて来るもので、初めは時間のかかっていた食事も、一日目の半分近くの時間で作れるようになっていた。道具の場所を覚えたのもあるし、大体男共がどれくらい食べるのかを理解してきたのもある。

朝食を作る時に、昼の下ごしらえも終わらせておく。昼の時はおやつの、おやつの時には夕食の、という風にするようにしたらかなりの時短になった。お陰で自由時間も増えたので受験勉強をしたり、合宿所の近くを散策する余裕も出来た。

さて、今日は何をしよう。男共は九時から練習をしている。お昼の時間まで、長く見ても二時間半は自由に使えるなと時計を見ながら考えた。窓の外は日差しがきつく、こんな日にテニスなんてよくやるなぁ、と溜め息を吐く。

そういえば割と中に引きこもっているから跡部や宍戸達がテニスをしている姿を見たことが無いことを思い出す。学校でもわざわざ観に行くなんてことをしなかったし、いい機会だ、今日はコートの方へ行ってみようか。

そう思い立った私は、自室から日傘を取って来てコートへと向かった。





「あれ、綾奈ちゃんやん」


コートの角から中を眺めていると、後ろから声が聞こえた。振り返ると、そこには二日目に会った四天宝寺の白石が立っていた。白いハーフパンツから見える足は本当に運動部なのかと思うくらい、白くて奇麗だ。

彼の後ろには同じ黄色と緑が目に鮮やかなジャージを着た人達が立っている。全員汗だくで、少し息が上がっているように見えた。この人達が四天宝寺の部員だろうか。


「なんでコートの外にいるの?」
「こいつらなぁ、騒ぎ過ぎて手塚くんにグラウンド二十周言われてもぉたんや。連帯責任っちゅーやっちゃ」


白石がそう言って笑う。なんなの、国光。そんな権限持ってるの? ていうかここのグラウンドを一周散歩するだけでもあたしには充分な運動なのに、それを二十周って馬鹿じゃないの?

私が大変だねと笑うと、白石はそうでもないでと笑い返した。汗だくだろうが息が切れていようが、男前は男前だ。弦一郎が汗だくだったら暑苦しいだけなのに。


「白石ィ、そのねーちゃん誰や?」
「金ちゃん、俺らの食事係の金澤さんやん。金ちゃんのおやつも晩ご飯も、全部金澤さんが作ってくれてんねんで?」
「ほんまかっ? ねーちゃんが今日の昼飯もおやつも作ってくれるんか?」


金ちゃんと呼ばれた、白石や他の部員達と比べると随分と小柄な少年が、きらきらとした瞳で私に問いかけた。一人だけジャージを着ておらず、ヒョウ柄のタンクトップ一枚だ。


「う、うん。ちなみに今日のお昼は豚の生姜焼き」
「生姜焼きかー! ねーちゃんの飯いっつも美味いから楽しみやなぁ!」
「騒がして悪いなぁ、綾奈ちゃん。金ちゃんいっつもこうやねん、ゴンタクレでなぁ」
「ううん。美味しいって言ってもらえたら私も嬉しいよ」


そう笑うと、ええ子やなぁと白石くんに頭を撫でられた。まるで小さな子供を褒めているような仕草で、少し複雑な気分になる。

そう、美味しいと言ってもらえるならば、作りがいがあるというものだ。料理そのものは大変では無いけれど献立を考えたりするのは正直少し大変で、けれど「おいしい」の一言でその苦労も飛んでいってしまう。

一人でも私の料理を楽しみにしてくれるなら、そんな笑顔で待っていてくれるなら、今日のご飯も張り切らなければならない。美味しいと言って笑ってもらう為に。


「ああ、あんまり雑談しとったらまた手塚くんにどやされるわ。何人か先行っといてくれへん?」


白石の一言で、十人ほどいた人数が半分以下になった。金ちゃんと呼ばれた少年も、ほなまたなーと大きな声で叫びながら走り去っていく。

国光はほんと、他の学校からどう思われている立場なのだろう。確かに頭は固いから、こういう所で立ち話をしていたら怒りそうだけれど。小さい頃と比べてもう少し柔軟に対応出来るようになっているかと思えば、そうでも無いようだ。


「ちゅーか自分、色しっろいなぁ。いっつも日傘とか差してんの? やからこんなんなん?」


走り去った子達の背中をぼんやりと見ていると、いきなり金髪の男の子が私の顔を覗き込んで来てそう言った。眩しいくらいの髪の色が、ちかちかと日の光に反射して目に痛い。

差していた紺色の日傘をまじまじと見ながら、ほれ、と自分の腕をあたしの腕にくっつけて来た。確かに、彼の腕と比べると私の腕はかなり白い。


「ううん、白いのは元々。焼いても黒くならないの。日傘はちょっとでも涼しいかなって」
「ほー、誰かさんに聞かしたりたいわ。なぁ、千歳?」
「謙也君……俺んこつ黒いっち言いたかと?」
「お、よぉ解ったやん。見てみぃ、この子と比べて自分の腕」


千歳と呼ばれた男の子の腕を、謙也君と呼ばれた男の子が無理矢理引っ張って私の腕にくっつけた。謙也君よりも焼けている彼の腕と比べると、私の腕なんて本当に真っ白だ。

別段焼かないように気を付けているわけではない。外に出るときは軽く日焼け止めを塗って、日傘は日差しが痛いくらい暑い日にしか使わない。けれども何故か真っ白のままなのだ。個人的には、もう少し健康的に見られたいのだけれど。


「謙也、綾奈ちゃん困っとるやろ」
「ああ、すまんすまん。あんまり白いからおもろいなーって。えーっと、氷帝の綾奈ちゃん。いっつも飯ありがとうな! 俺、忍足謙也。聞き覚えある名前やろ?」
「忍足……て、うちの忍足君とは」
「イトコやイトコ。せやから俺のことは謙也って呼んでな、ややこしやろ?」


ばんばんと少し痛いくらい肩を叩かれる。人なつっこそうな笑顔を浮かべている彼が、うちの忍足君とイトコというのが少し胡散臭かった。どこをどう見ても似ていない。

もしうちの忍足君がこんな笑顔をしていたら、私は雨でも振るんじゃないかと思うだろう。それにしても派手な金髪だ、校則に引っかからないのだろうか。


「えと、そっちは?」
「千歳千里ばい。こんなちっこいんに全員分の食事作っとるん凄かねー」
「ちょ、やめて」


二メートルはあるんじゃないかと思うくらいの巨体に、頭をぽんぽんと撫でられ、ぐりぐりと円を書くように回される。頭を撫でられるのは今日で二回目だ。なんなの、この学校やけにスキンシップが多くない?

少しくしゃくしゃになった髪を直しながら、よろしくね、と握手をした。四天宝寺もなかなか濃そうだけれど氷帝も濃すぎるくらいだし、ちょっとやそっとでは動じない。ま、悪い子達では無さそうだし。


「ほなそろそろ俺ら行くな。せや、綾奈ちゃん」
「ん?」
「明日のおやつな、白玉善哉作ったってくれへん?」
「……ぜんざい?」
「めっちゃ好きなやつおるねん。喜ぶと思うわ」


そう言って、白石達はコートの方へと走って行った。この暑いのに善哉? いや、今は冷やし善哉っていうものもあるし、別に良いんだけれど……善哉かぁ。小豆と白玉粉が必要だなぁ。



04笑顔でいてほしいんだ
(20120822:理恵)
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -