その一瞬を焼き付けろ | ナノ


「綾奈ー!遊ぼ遊ぼー!」
「金澤喉乾いたードリンクー」


託児所か、此処は。思わず声に出しそうになった不満は喉元で何とか食い止め、とりあえず向日君にドリンクを渡す為にそちらまで歩み寄る。

合宿所に来てから3日が経った。何故か要領の良い人ばかりが揃っている各校の部長陣は、もはや基礎メニューに加えて自分達で発案した新メニューなどを組み込んでいて、練習するその姿は真剣そのものだ。それを見て勿論凄いなぁとは思うけれど、だからと言って私にやる気が出たのかと聞かれればそれはまた別の話で、やっぱり何となく腑に落ちない日々を過ごしている。今更言ったってどうにもならないことくらいわかってるんだけども、心の中で愚痴るくらいは許してほしい。

それにしても、だ。


「お前早速岳人に懐かれてんなー」
「あんたの幼馴染でしょ?どうにかしてよ宍戸」
「無理、つーかめんどくせ」


いつの間にか隣に立って来た宍戸と一緒に、前方にいる人物を見ながらそんな会話を交わす。ちなみにその人物というのは、先程から私を容赦なくコキ使ってくる向日君のことだ。彼は仲間意識が強いのか最初顔合わせをした時はそれこそ不審な目を向けて来たけれど、私が宍戸とジローと(と、おまけに跡部)仲が良いことを知るなりすぐに懐いて来た。なんでもそれは、宍戸、ジロー、向日君の3人は昔からの幼馴染らしく、2人が仲良いなら俺も、という単純な理由から来てるとのこと。いまいちよくわかんない。


「大変やなぁ、跡部の我侭に付き合わされたんやて?」
「そう思ってるなら助けてよ」
「無理や、あいつ言い出したら聞かへんもん」


とその時、宍戸とは逆隣から妙に色気のある声が聞こえたのでそちらに目を向けると、そこにはポーカーフェイスと称されている忍足君がいた。確かに何考えてるか分かんないもんなぁ。まぁ、話してる分には普通だから特に深いところまで割り入るつもりはない。この人、テニス部の中じゃ跡部の次くらいにモテるって有名だし、この合宿が終わったら完全になんの関係も無くなるだろうし。そう分かり切ってる人と仲良くなろうと思う程私も馬鹿じゃない。

ちなみにこれに関しては、滝君にも同じことが言える。人当たりの良い彼は一見優しそうに見えるけど、多分彼も忍足君と一緒で素の自分をあまり出さないタイプに違いない。だから深く踏み込まないし、踏み込ませない。それくらい割り切ってる方が案外やりやすいもんだ、変に踏み込まれてもこっちが困る。…なのに向日君はそれを真っ向から覆してくるから、実際困ってるっちゃ困ってるんだよなぁ。彼には悪いけども。


「はぁ…」
「金澤さん、此処来てから溜息ばっか吐いてへん?」
「んー、心境は察して下さいな」
「お前もほんと諦めわりーな」
「うるいさいよ、ほら、跡部見てるし2人共練習戻りなよ」
「金澤ー!おやつは出来たかー!」
「残念、あいつが見とったんは俺らじゃなくて金澤さんやったな」


してやったり、な笑顔を浮かべて来た忍足君には愛想笑いを返し、なんとも言えない表情を浮かべている宍戸には思いっきり足を踏んでやった。


「いてえ!俺が何したんだよ!」


八つ当たりですが何か。

そうしてやっと2人が去った所で、馬鹿なことを大声で問いかけて来た跡部に軽く手を振ってからその場を後にする。確かにおやつも出来てないし、此処は逃げさせてもらおう。

いち早く炎天下から脱出する為に、軽い小走りで宿舎に向かう。夏にふさわしいおやつってなんだろう、無難にゼリーとかシャーベットとかかな。料理の事となると活性化し始める自分の正直な脳内に呆れつつも、水飲み場を通り過ぎようとした時だった。


「あ!お疲れ様です!」
「お、おぉ」
「…どうも」
「ウス」


そこには、我が氷帝の2年ズが仲良く(実際そうなのかは知らないけど)揃いも揃って休憩していた。左から大、小、中の順番だ。名前は合宿前に跡部に嫌になるほど覚えさせられたから勿論覚えているものの、実際にこうして言葉を交わすのは初めてだから口に出すのはまだ気が引ける。どーだ、これが人見知りの難癖だ。軽々しく人の名前すら呼べない。

そんな私に構わず人懐っこい笑みを浮かべながら近寄って来た鳳君は、確か宍戸にご執心だったはず。ジローから彼に関する宍戸大好きエピソードを聞いて結構な勢いで引いたのはまだ記憶に新しい。


「俺鳳長太郎っていいます!で、こっちが日吉若で、こっちが樺地崇弘です!」
「何でお前が俺らの分まで紹介するんだよ」
「ウス」


加えて、どうやら天然ときた。


「うん、名前は知ってる。大した交流は無いと思うけど、料理はちゃんと作るから1ヶ月よろしくね」
「宍戸さんが言ってました!金澤先輩は女らしくないから話してて気が楽だって!俺とも仲良くして下さい!」
「天然という名の凶器だね、君は」
「…すみません」


自分が言った言葉の意味に何1つ気付いていない鳳君の代わりに、日吉君が渋々頭を下げて謝ってくる。それに対し私は気にしてないから、と苦笑した後、そろそろ本格的におやつを作らなければいけない時間になったのでそそくさとそこを後にした。

今日の教訓。氷帝テニス部は、濃すぎる。



03君には僕が必要だろう?
(20120816:南)
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