その一瞬を焼き付けろ | ナノ


「……どういうことだ、これは」
「マジマジすっげー! 何コレ!」
「いや、本当に申し訳ないです……ちょっとした出来心で」

眉間に思い切り皺を寄せて、跡部は大きな溜め息を吐いた。横にいるジローは目をきらきらと光らせ、自分の手を握ったり開いたりしている。目の前にいる彼らの姿はどう見ても、中学生のそれでは無かった。

いつもよりも背は高く、肩もがっしりとしている。元々小さいというわけでは無い二人だが体付きはまだ中学生だったのに、節々はがっしりとして、すっかり大人の体型になっている。

どういうことと言われても私が聞きたいというか、まさか本当にこんな事になるなんて驚いているというか。



私は長年料理をやってきて、食べたり飲んだりすれば材料や調味料が解るので大抵の料理は再現出来る。ただ一昨日飲まされた乾汁があまりにも衝撃的な味で、一体何が入っているのか全く想像出来なかった。

それが少し悔しくて、なんとか再現してやろうと朝食を作り終えた後、あれこれ試行錯誤を繰り返した。それでもどうしても作れなかったので、乾くんにレシピを聞きに行ったが『企業秘密』と教えてもらえなかった。

仕方が無いので、昨日飲まされた柳汁の制作者、柳君にヒントを貰いに行く事にした。彼もデータマンだというし、それに加えて乾君の幼馴染みだと聞いたから、きっと作り方を知っているだろうと期待して。

「乾汁のレシピ?」
「そう。あんまりまずかったから、ちょっと作り方が気になって」
「金澤の料理の腕があれば、わざわざ知る必要もないだろう」
「ちょっとした興味? ってやつだよ。別にみんなに飲ませるわけでもないから」
「……一昨日飲んだもののデータはまだ解析中だ。普段の乾汁のもので良ければ」

渋々といった様子だったが、柳君は私に一枚の紙を手渡した。そこにはつらつらと材料が書いてある。ありがとうと柳君に手を振り、早速調理室に戻りそのレシピ通りに作ってみた。

一昨日のものとは違うと柳君は言ったが、今日渡されたレシピもこれはこれでとてつもなく不味そうだ。なんとなくマシになるだろうかと蜂蜜や果汁なんかも少し足してみる。それでもツーンと鼻に響く臭いにクラクラする。

私が飲んだものはドロっとして喉越しも悪かったが、これは材料をミキサーにかけた後、念入りに念入りにこして野菜の繊維や果物の皮を取り除いた。なので、コップに注げばただのジュースと思う見た目をしている。

見た目は普通でも中身は乾汁だ。自分で作っておきながら飲むには少し勇気がいる。コップに注がれた乾汁(綾奈ちゃんアレンジバージョン)を見つめながら、腕を組んでしばらくそのまま考え込んだ。



「綾奈ー、今日の昼飯なにー?」
「ジロー。跡部も」
「今日は特別暑くてな。食欲のない奴らも多い」
「ああ、じゃあ夜ご飯に出すつもりだった冷製スープ追加するよ」

窓の外を見ると、確かに太陽がじりじりと照りつけている。私はここにずっと籠っているからそこまで気にならないけれど、外で動いている彼らにとっては水分はとても重要なものだ。ただの水ではいけないから、普段の水分補給も随分気を使う。

今から昼食の変更は厳しいけれど、夜に出そうと思っていたトマトの冷製スープが冷蔵庫にある。食欲が無くてもこれならさらりと飲めるだろう。夜は夜で揚げ物の予定だったけれど、メインの料理をお酢を使ったさっぱりしたものに変更だ。

「綾奈このドリンク飲んでE? 俺喉乾いた!」
「えっ」

ジローが私の前にある乾汁を指差す。どうしよう、それは乾汁だよと教えてあげれば良いのだけれど、自分で飲む勇気がない私の心には凄く悪い考えが浮かぶ。二人に飲んでもらえばいいじゃない、と耳元でまるで悪魔が囁いているようだ。

「う、うん。いいよ。もし良かったら跡部も」
「ん? ああ」

トポトポとコップに乾汁を注ぐ。やはり見た目はただのジュースなので、二人とも疑う事無く口をつけた。そしてまさかまさか、柳汁は飲むと若返ったが、乾汁は飲むと大人になってしまう代物だった。柳君、本当にあのレシピは乾汁のものだったの? もしかして自分が人に飲ませたい新しい柳汁だったとかではないよね?



「大丈夫、多分時間が経てば元に戻るって」
「……今日一日これで練習しろってのか」
「えー、俺この体で打ってみたいC! パワーとか上がってそう!」

イライラとした様子の跡部はそっちのけで、ジローは嬉しそうに跳ねている。今すぐテニスをしたくてたまらないらしい。別に今でもパワー不足というわけでもないだろうと思うが、成長しないと手に入らないものが今自分のものになっているというのが、彼を興奮させているようだった。

ジローを制止する理由も無い。昨日の騒ぎをみんな知っているので、もう驚く事も無いだろう。ジローや跡部の姿を見ても、「ああ、また汁か」という感想しか出て来なさそうだ。

「それにしても……今の跡部、スーツとか似合いそう」
「はん、俺様に似合わないものなど無い」
「昨日私を抱っこした時の跡部、保父さんっぽくて良いお父さんになりそうだなーって思ったけど……やっぱそっちの方が跡部らしくて格好良いね」

私の言葉に、跡部は目を見開いた。何か変な事を言ったかと首を傾げたが、すぐにいつもの表情に戻る。表情もどことなく大人びて見えて、大学に入る頃にはまたこの跡部に会えるのだろうかと思うと、少し将来が楽しみだ。

それにしてもこんな姿の跡部を見たら、学校の雌猫さん達が大騒ぎしそう。クラスにも何人か跡部さまファンクラブの子がいるし、こっそり写真でも撮って見せてあげようかな。

18未来の彼がやってきた!
(20140607:理恵)
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