その一瞬を焼き付けろ | ナノ


「ほっ!」


最初はその大きさに驚いていた中華鍋も、もうすぐ2週間目ともなるとお手の物だ。大量の炒飯を勢いよく煽り、鼻腔を掠める匂いにお腹がぐう、と鳴る。

今日は類稀に見る猛暑日で、此処調理室は冷房をガンガンかけているから特に影響は無いものの、窓から見える練習風景はまさに地獄絵図だ。普段はポーカーフェイスな人達も含め、全員が常に眉間に皺を寄せている。その事を考慮して一応ドリンクは通常の倍量作ったけど、それでも足りるか微妙な気がして来た。


「ちゃんと出来てるかなー」


昼食がおおよそ完成してきた所で、冷蔵庫に入っているレモンの蜂蜜漬けの様子を窺う。今日のおやつはこれに加え、キウイ、スイカ、オレンジなどと言ったカットフルーツを用意するつもりだ。ズバリ、熱中症対策。

青学のマネージャーと盛り付けを終わらせて、さぁ実食、という時。バタバタと慌ただしい足音と共に、ガラッ!とドアが開いた。


「金澤、すまねえがちょっと来てくれるか」
「ごめんね、調理中に」


珍しく息を切らした跡部と幸村君の姿を見て、マネージャーと目を合わせ口をぽかんと開ける。そうしていると跡部は私の腕を取って、勝手に何処かに向かってまた慌ただしく走り出した。なんだなんだ。

2人の長い脚に合わせて走るのは中々辛く、目的地に着いた頃にはすっかり私の息は上がっていた。跡部の馬鹿、と目の前の背中に愚痴を吐きつつ、部屋の前に貼られているプレートに目をやる。医務室、だ。


「入るぞ」


跡部がノックもせずに開けたドアの先には、真っ白なベッドに横たわっている2人がいた。え、誰?渋い顔をしている跡部と幸村君を押しのけて、その2人の顔を確認する。


「悪いんだけど、こいつらの様子看て貰っててもいいかな?定期的にでいいから」
「ったく、心配かけさせやがって」


その2人とは、確かに見る感じでも血圧が低そうな仁王君と忍足君だった。成程、だから各校の部長として跡部と幸村君が来たという訳か。

2人は見事にこの炎天下の餌食になったらしく、応急処置は急遽跡部家の医者を呼んだので既に済ませてあるとの事。軽い熱中症だってさ。


「2人共一昨日くらいから食べる量減ってたでしょ。特に仁王君」
「…プリ」
「堪忍なぁ、自覚なかってん」


不貞腐れたように唇と尖らす仁王君(可愛くない)と、心底申し訳なさそうに謝る忍足君。忍足君でもこんな表情するんだ、とこの期に及んで場違いな事を考えてしまったのは秘密。

とりあえず、跡部と幸村君には昼食を食べて貰わなきゃいけないから、私は躊躇する2人の背中を押して半ば無理矢理医務室から追い出した。残った2人に食欲はあるかと問えば、予想通り一様に首を横に振られたけど、それでも何も食べさせない訳にもいかない。熱中症予防に作ったおやつ達は、一足遅かったか。


「雑炊くらいなら食べれる?」
「うん」
「多分大丈夫や」
「果物は?」
「それならいけるで」


忍足君はまだしも、仁王君は本気で危ないなこりゃ。額の上に乗っているタオルはすっかりぬるくなっていたので、2人のタオルを取り替えてから一度医務室を出る。出る直前に無意識なのかなんなのか仁王君は私の袖を引っ張って来たけど、それに少し母性本能がくすぐられたのは死んでも言わない。振り払ってやったわ。


***


「おーい金澤ー!」


その声につられて後ろを振り返ると、いつもより倍量の汗をかいている向日君がそこにはいた。ちょうど昼食を食べ終えた後なのか、唇の端にはしっかりと炒飯がついていたので、苦笑しながらそれを取ってあげる。


「うおっ、サンキュ!飯美味かったぜ!」
「ありがとう。それで、なんかあった?」
「金澤さん」


本題に入ろうと話を戻すと、次は柳生君が後ろから小走りでやって来た。その表情は心配色に染まっていて、あぁもしかして、と話の流れを予想する。


「私の相方がお世話になってしまっているようで、負担を増やしてしまい申し訳ございません」
「俺もそれ言いたくてよ。侑士大丈夫か?」
「2人共律儀だね。わざわざありがとう。忍足君は大丈夫そうだよ、仁王君はちょっと危ないけど」
「全く、普段から食事はちゃんと摂りなさいと言っているのに…」


眼鏡を押し上げる姿はいつもよりも落ち着きが無くて、いかに彼の事を心配しているかが手に取るようにわかる。対して向日君は私の言葉に安心したのか、はあっと安堵の息を吐いた。


「侑士も痩せ我慢すっからなー。しかも隠すの上手いから俺も気付かねぇんだよ」
「うん、医務室でも弱々しい顔で笑うから、見てるこっちが気遣っちゃうよ」


私の中の問題児リストに入ってる2人がいる医務室は、正直居心地の良い場所ではない。でも、それとこれとは別で、こうして2人の事を心配してくれる人達の為にも、少しでも2人を楽にさせてあげなくちゃ。

という事で私は2人用の食事を持って、そのまま相方達とは別れた。卵雑炊に梅干しとネギも加えて、更には善哉を作った時についでに作っておいた小豆茶も添えてあげた。なんて優しいの私。


「入りますよー」


ガチャ。なるべく静かに中に入ると、2人はむくりと起き上って私を出迎えた。


「おおきに。これなら食えそうや」
「おやつはまた後にする?」
「うん」


頷いた仁王君の意見に従い、おやつは後にする事に。そうして私は2人のベッドの上に不安定だけどおぼんを置いて、さあ召し上がれ、と食事を勧めた。


「金澤」
「何?」
「食べさして」
「調子乗んな」
「仁王、自分頭やられすぎやろ」


忍足君の言う通りだ。


「これはなんや?」
「小豆茶だよ。味より栄養重視だから、渋くてもちゃんと飲み干す事」
「うっ、苦…」
「全部飲まなきゃおやつ無し」
「俺は好きやで、この味。クセになるわ」


それからも2人はゆっくり雑炊を食べてくれて、30分後、お皿もコップも綺麗に空になった。食べさせてしまえば後はこっちのもので、医者が置いてってくれた薬を飲ませてから、またベッドに寝かせる。


「ほんま自分は、料理の才能あるなぁ」


とそこで、忍足君はいつもとは違う穏やかな表情で、寝落ち寸前にそんな言葉を呟いた。問題児リストに入ってるくらいだから彼に対してはどちらかというと苦手意識の方が強かったけど、やっぱり私は料理の事となると盲目だ。素直に嬉しい。でも、そうやって浮かれたせいで、また袖を掴んで来た仁王君の手を今回は振り払えなかったのは、悔しい。早く良くなれよ、問題児共。



13じゃあそろそろ帰ったら?
(20130402:南)
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テーマ「人外ファンタジー」
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