その一瞬を焼き付けろ | ナノ


おやつを配り終わり、夕食の準備もし終えた私は調理室でのんびりと本を読んでいた。調理室の窓は木陰になっているので、読書の時はいつもそこに椅子を運んでいる。

さわさわと風で動く葉っぱがページに影を作り揺れる。この合宿所に来てから毎日騒がしい日々だが、たまにこういう時間も良い。特別読書が好きという訳ではないけれど。

半分くらいまで読み進め、ちょうど三章が終わりそうになったのでお茶でも入れて少し休憩しようかと伸びをすると、窓がコツンと叩かれた。窓の向こうではジローがにこやかに手を振っている。

窓を開けると、外の暖かい空気がむあっと室内に入って来て思わず顔をしかめる。窓のふちに手をかけ、ジローはひょいと中に入って来た。


「ジロー、どうしたの。練習は?」
「今日は四時から六時まで自主練だC! 最近綾奈とゆっくり話する機会ないからさー」
「跡部に見つかったら怒られるよー」
「平気平気ー!」


仕方無いなぁ、とティーカップを二つ食器棚から取り出し、ティーポットに紅茶の茶葉を三杯入れた。本当なら自分が飲む用なのでティーバッグの方が簡単で良いのだけれど、残念ながら跡部はこの調理室にティーバッグの紅茶を用意してくれていない。

紅茶の缶にも恐らくイギリス英語なのだろうけれど、びっちりと英字が書かれてある。どう見てもスーパーで売っているものではないだろう。初日は飲むのも気が引けたけれど、飲まないのも勿体ないので最近は毎日夕方に飲んでいる。


「ジローの分も淹れてあげよう。他の子達には内緒ね」
「やったー! 綾奈今日やっさCー!」
「私はいつでも優しいでしょ」


紅茶をカップに注ぎ、ミルクと砂糖を入れてかき混ぜる。ジローの方は少し砂糖を多めに。ジローとは同じクラスだから、学校ではほぼ毎日顔を合わせている。だから紅茶はストレートより甘いミルクの方がどちらかというと好みなのも解っているし、彼が私に懐いてくれていることも知っている。

この合宿に来てからも最初は綾奈綾奈とうるさかった。けれどもここ数日、前ほどべたべたとしてこなかったように思う。ジローもジローで忙しいのか、疲れているのか。いずれにせよ、子供の巣立ちを喜ぶ親鳥の気分。


「丸井くんとテニス出来るし合宿もなかなかEけどー、やっぱ教室で話してる方が俺は好きだなー」
「そうだね、宍戸と三人でお菓子食べるの楽しいよねぇ」
「あ、でもでも綾奈のご飯も毎日食べたいんだけどーっ」
「はいはい。飲んだら自主練戻りな。さっき窓から跡部が見えたから、ジローのこと探してるかも」


嘘ではない。ジローを探しているかどうかは定かではないが、樺地くんと二人で外を歩いていたのは事実だ。追い出すようで心苦しいけれど、万が一見つかって跡部に怒られるのは私だし。

渋々紅茶を飲み干したジローはまた窓から出て行った。こちらを見ながら大きく手を振って走り去って行くジローに転けないだろうかとハラハラする。


「ふぅ、本の続きは明日かな」


ぽつりと呟いて鞄に文庫本を突っ込んだ。紅茶が冷めないうちに飲んでしまおうと振り返ると、そこには白い帽子を被った少年が立っている。青学の越前くんだ。


「ああ、そういえばいたんだっけ、忘れてた」
「ひどいっす」
「だって本読んでる時に来るんだもん」


ジローが来る数分前に何か飲むもの無いっすか、といきなりやって来たのだ。その時は冷蔵庫にドリンクも無かったし、本に夢中だった私は何も無いよと適当な返事をしてそのまま本に向き直ったのだった。

そのまま知らないうちに調理室から出て行ったものとばかり思っていたけれど、どうやら彼はずっとここにいたらしい。この子も自主練面倒臭い組かな。


「飲み物無いって言ったのにあるじゃないっすか」
「さっきは無かったの。飲みかけで良かったらあげるけど」
「……金澤さんて」
「ん?」
「や、何もないっす。俺もそろそろ部長に怒られるんで」


そう言ってカップに入った紅茶をぐびっと飲み干し、越前くんは調理室を出て行った。何だろう、何か言いかけようとしていたけれど。

まぁいいか。冷めかけた紅茶を全部飲んでくれたし、新しいのを淹れて一息ついて、そろそろ夕食の準備に取りかかろうかな。



12ああ、いたんだっけ、忘れてた
(20130313:理恵)
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