その一瞬を焼き付けろ | ナノ


「あー!金澤ちゃんだにゃー!」
「こら英二、金澤さんが来たんだから静かにしないか!」
「わー、なんか絵面が華やか」


桃ちゃんに言われるがままに国光の部屋に来ると、そこには国光以外にも大石君と菊丸君が居た。合宿も1週間が過ぎると段々とそれぞれの私生活が見え始めて来て、例えばジローや向日君の部屋はお菓子が散らばってて汚かったり、跡部の部屋は無駄に豪華だったりするんだけど、国光の部屋は相変わらず殺風景だ。でも、そんな部屋にも菊丸君が居るだけで一気に賑やかになったように思える。大石君も爽やかだし。


「綾奈、来たか」
「来たよ。話って何国光」
「…その呼び方はやめてくれと言ったはずだが」
「え?知ーらない」


とぼけながらおどけてみせれば、国光は溜息を吐いてからまずは大石君との話し合いを先に終わらせる為に、私には適当な場所に座るように指示して来た。折角なので、近寄って来た菊丸君とコミュニケーションを図ってみる。


「金澤ちゃん、手塚に呼ばれて来たのー?」
「うん。なのにこの扱い酷いよね」
「うんにゃ、だって手塚だもんー、って、これ手塚に言っちゃ駄目だよ!」
「菊丸、聞こえてるぞ」


菊丸君の失言にギラッと睨みを利かせて来た国光を見て、私達は目を合わせて肩をすくめる。全くお堅いんだからー。そんな光景を大石君は母のように優しい笑顔で見守っていた。私の中の「困ったらこの人に頼ろうリスト」に、彼の名が追加された瞬間であった。


「2人はなんで国光の部屋に?」
「手塚と大石は、毎晩2人でその日の反省会してるんだよー。俺は今日なんとなく着いて来ただけー!」
「なるほど」
「お待たせ金澤さん、ごめんね、手塚に呼ばれて来たんだろう?俺と英二はもう行くから、どうぞ」
「あ、なんかごめんね気遣わせて。ありがとー」


流石堅物な国光が部長なだけあって、青学は真面目だ。それに加え桃ちゃんに菊丸君といった元気な人達もいるから、板挟みにされてる副部長の大石君はさぞかし苦労している事だろう。頑張れお母さん、そんなエールを背中に贈りつつ、2人が部屋から出て行くのを見送る。


「青学は仲良しだね。見てて和む」
「…まぁな」


それから国光の話を聞いて、ついでに他愛も無い話もして、30分後には国光の部屋を後にした。青学の事を褒めた時のあの満更でもなさそうな顔は、素直に格好良かったなぁなんて思い返してみる。


***


翌日、15時。おやつ用に作った焼ドーナツを持ってテニスコートに向かっている真っ最中な訳ですが、今私の目の前にはとっても可愛い誘惑が立ちはだかっている。


「…犯罪的だよね、この可愛さ」
「にゃーお」


ゴロゴロと喉を鳴らしながら私の足元に擦り寄って来たこの猫は、首輪をしていない所を見る限り野良なんだろうけど、そんな事ちっとも感じさせないくらい人懐っこくて可愛い。おかげで私の歩く足はすっかり止まって、しまいには猫と同じ目線になる為に草原に寝っ転がる始末だ。我ながら動物に甘い。きっと今頃金ちゃんあたりがおやつまだー!?とかって騒いでるに違いない。でもごめん、もうちょっと堪能させて!

にゃあにゃあと目を細めながらお腹を見せてくる猫は、少し太り気味でそれもまた愛くるしい。だから、つい赤ちゃん言葉になりながら思いっ切りその猫を可愛がっていると、不意に背後からパシャッ!という嫌な音が聞こえた。…うっそーん。


「…何を撮っているんでしょうか」
「猫に全力を注いでる綾奈さん」
「ギャハハハッ!!流石に今のは恥ずかしいっすね!!」


後ろを振り返れば、スマホを構えている財前とお腹を抱えて爆笑している切原君、それに、何故か赤い顔でこちらを凝視している海堂君がいた。こんな素の姿(素でも滅多にこんな事しないのに)を後輩に見られた事がかーなーり恥ずかしくて、即座に立ち上がり焼ドーナツの箱を抱える。


「今のはどうか見なかった事に」
「明日善哉作うてくれはるんならえぇっすわ」
「え、また善哉?」
「さーてツイッター更新しよ」
「嘘です作ります!そして切原君笑いすぎ」
「いやぁ、綾奈さんいいっすねーギャップっすよ!ていうか赤也でいいですよー」
「あぁ、じゃあ赤也で…」


すっかりこの子達のペースに流されている事に複雑になっていると、悪ガキ2人は先輩達に呼ばれてやっと去って行った。焼ドーナツ渡すのは後でいいや。で、そうなると必然的に海堂君と私だけになる訳なのだけれども。


「…海堂君さ」
「…ッス」
「はい、あげる」
「!」


最初はなんで顔赤いんだろうと思っていたけど、悪ガキ達と話している間にその理由がわかった。この子、猫の事めっっっっちゃ見てる。でも、キャラ的に行動には移せなくてウズウズしていたという感じか。それならば、ちょうどからかって来そうな2人も消えた訳だし、ここは彼の願望を叶えてあげよう。そんな何故か上から目線の考えで抱っこした猫を海堂君にそのまま渡すと、彼は一瞬にして顔を輝かせた。わかりやすい、そして可愛い。


「猫好きなんだ?」
「…動物全般、ッス」
「いいよねえ動物。あ、海堂君、じゃあ癒しの時間に合わせてこのドーナツもどうぞ」
「ありがとうございます」
「うん。この後も頑張れ」
「はい」


とりあえず、海堂君はすっかり猫に夢中になっているから私はこの辺でおいとまする事にする。そろそろ焼ドーナツも届けに行かなきゃ次は夕飯の支度もあるし、さっさと済ませちゃおう。

海堂君の意外な一面を見てテンションが上がった私だけど、コートに行った時に再び財前と赤也にからかわれ、それは一気に急降下した。明日の善哉、思いっ切りまずく作ってやろうか。


09しつこいなあ、本当にしつこい
(20121106:南)
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