その一瞬を焼き付けろ | ナノ


無事に合宿も一週間が過ぎた。ある程度各学校のメンバーの顔と名前も一致してきて、よく会話をする子の好物なんかも話の中で聞く事が出来た。

全部を作るわけにはいかないだろうけれど、たまには誰かの好物でも作ってあげよう。


「金澤」


そんなことを考えながら今日の夕飯に取りかかろうと冷蔵庫の扉に手をかけたところで、聞き慣れた声が耳に飛び込んで来た。調理室の入り口に目をやれば、今練習を終えてきたであろう跡部の姿。

普段はすましているけれど、一度練習風景を見て驚いた。テニスをしている彼は私が想像している以上に激しく、そして荒々しかった。乱れた髪と呼吸からは、その姿が想像出来る。


「跡部。どうしたの」
「一週間ご苦労だった。まだあと三週間あるが……」
「なに、跡部がわざわざ御礼に来たの? 珍しい」


笑おうとすると睨まれたので、思わず息を飲んで、聞こえないように喉の奥でくつくつと笑った。本当にめずらしい、あの跡部様が御礼を言うなんて。

跡部のせいでこの合宿に連れて来られたわけで、迷惑と思わなかったこともない。貴重な中学三年の夏休みを裂かれるなんて、とも思った。

けれどもなんだかんだで楽しいし、氷帝や他校のテニス部の人と喋るのも悪くは無いのだ。そう思うと、跡部に感謝するのは私の方かもしれない。


「私のご飯は美味しいですかー」
「不味かったらここに呼んでいない」
「あは、素直じゃないんだから」
「うるせぇ」
「ほらほら、晩ご飯までに早くシャワー浴びて来て! そんな汗と泥まみれで席には座らせないよ」


跡部の体を廊下の方に向けさせ、背中をぐいぐいと押した。ふぅ、と溜め息が聞こえた後、後ろを向いたままで私に手を振り、跡部は宿泊棟の方へと歩いていった。

跡部なりに感謝してくれているというのが解って、なんだか嬉しかった。ジローや宍戸は解りやすいけれど、跡部が素直に感情を露にするのが意外だったから。思わず緩む口元を引き締めて、私は作業に取りかかった。





「金澤」
「あれ? なに、跡部」


今日のメニューは野菜たっぷりの食べるスープ。具材を切ってあったものをお鍋に投入して味付けをし、ふたを閉めたところで再び背後から声が聞こえた。

振り返ると、そこにはまた跡部が立っている。どうやらシャワーを浴びてきたようで、少し湿った髪にTシャツ一枚といったラフな格好だ。


「なに、さっき話したところなのに」
「おら、受け取れ」
「わっ、なに」


投げるように手渡されたのは、いつも私が飲んでいるジュースだった。わざわざこれを買って、それを渡す為だけにまた調理室の方まで戻って来たのだろうか。それじゃ、と宿泊棟に戻ろうとする跡部の服の裾を思わず掴む。

お互い目を丸くして、しばらく黙り込んだ。嬉しいのに、それをしてくれたのが跡部ということに思考がついていっていない。

だって、あの『跡部様』なのだ。クラスに来るだけで周りの女子から黄色い悲鳴を浴びるような、そしてそれがさも当然といった顔をする人物だ。

そんな『跡部様』が、わざわざ私の為に? どういうことなの。


「えっと、その……ありが、と」
「いや、お前も頑張ってくれてるからな。とりあえず、一週間分の礼だ」
「御礼ならさっき言ってくれたじゃない」
「うるせぇな、黙って受け取ればいいんだよ」


つん、とおでこを指で突き、いつもの笑みを浮かべて跡部は宿泊棟の方へ歩いていった。

ぼんやりとその背中を眺めていると、青学のマネージャーの子が夕食作りの手伝いに来てくれた。顔が赤いですけど、どうかしましたか? なんて聞かれ、自分の顔が赤くなっていることに気付く。

普段いっつも合わせている顔なのに。何故かいつもと違う人のような気がして、なんか、むかつく。跡部のくせに。





「金澤さーん」


夕食を終えて食器類の後片付けをしていると、またしても背後から声がかけられた。

今日はことごとく作業が中断させられるなぁ、なんてことを思いながら振り返ると、青学のジャージを着た、爽やかに笑う男の子が立っていた。


「えっと……」
「桃城っス! 青学二年レギュラーの!」
「はぁ、桃城くん」
「桃ちゃんで良いっスよ」
「そう。桃ちゃん、私に何か用?」


にこにこと笑いながら、彼が私に近寄って来る。他の部員達で慣れてはいるが、この子も随分と背が高い。並ぶとかなり見下ろされる形になる。


「手塚部長が、金澤さんに話があるから呼んで来てもらえるかって」
「はぁ? 何なの、用があるなら自分で来なさいよ」
「えっ、それを俺に言われても……」
「そっくりそのまま伝えてくれたらいいけど」
「そんなん言ったら俺が怒られますって!」


ああ、とても面倒だ。一体何のようだというのか。溜め息を吐いて、確かに桃ちゃんが理不尽に怒られても可哀想だと思い、しぶしぶ青学の宿泊している階へと向かう。

自室の前で桃ちゃんがじゃあ俺はここで、と言ったので、わざわざありがとうと伝える。にかっと笑い、いえいえと桃ちゃんは首を横に振った。


「あ、そうだ金澤さん」
「ん? 何」
「いっつも美味い飯あんがとうございます! 毎日楽しみにしてますんで!」


それだけ言うと、桃ちゃんは部屋の中へ消えて行った。それにしても爽やかだなぁ、国光と弦一郎に、一パーセントでもあの爽やかさがあればいいのに。



08きみ消えたんじゃなかったの?
(20121021:理恵)
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テーマ「人外ファンタジー」
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